福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2017年9月 1日
憲法リレーエッセイ 「加憲」をめぐる真夏の夢
憲法リレーエッセイ
会員 永尾 廣久(26期)
気の毒でしょ?
アベくんが顔を真っ赤にして叫びました。
「だって、3.11のとき、あんなにがんばった自衛隊員を、いつまでも日陰の身においていたら可哀想でしょ。そう思わなかったら、あんた非国民だよ」
ヒロくんが腕を組んだまま首をかしげます。
「本当に、そういう問題なのかなあ・・・。だって、3.11のとき自衛隊ががんばったのは、ぼくも高く評価しているんだけど、あれって災害救助でしょ。今の自衛隊を災害救助隊に名前を変えたらいいだけじゃないの・・・」
アベくんは憤然として言い返します。
「いいや、世界の状況は日本の自衛隊が出かけていくのを待っているんだよ。南スーダンだって、自衛隊が行って道路整備してきたんだし・・・」
ヒロくんは静かに反論します。
「でも、そんな道路整備とか病院や学校を整備する大切な仕事だったら、武器をもった自衛隊じゃなくてもやれるんじゃないかなあ」
アベくんは、ヒロくんをきっとにらみつけます。
「日本でも世界でも、こんなにがんばっている自衛隊を憲法上に位置付けてやったら、どんなに自衛隊員の士気があがることか・・・」
ヒロくんは腕を組んだままアベくんに問い返しました。
「自衛隊員の士気をあげるためだったら、災害救助活動の実績をもっともっと広報したらいいと思うんだけどなあ。そして、ついでにイラクや南スーダンに行ったときの実際の状況をもっと国民に知らせてくれたら、いいんですよ」
アベくんは、急に顔をしかめて首をゆっくり左右に振りました。
「そういうわけにはいかないんだよ。政治は、それほどきれいごとばっかりじゃないのさ。南スーダンの現場で起きているのは、まさしく戦闘なんだよ、あそこはどこもかしこも戦場なんで、現地で本当に起きていることを日本国民に知らせたら、それこそパニックが生じて、ぼくの首がすっ飛んでしまうじゃないの・・・」
9条3項を加えても変わらない?
アベくんは、熱い口調でヒロくんを説得します。
「いま、ぼくの考えていることは、今の9条1項と2項は残すんだよ。自衛隊が憲法違反だなんて憲法学者にはもう言わせないようにするだけなんだから、とてもいい考えだと思うんだ。協力してよ」
ヒロくんは、今度はさっきと反対側に首を深く傾げました。
「でも、現実には、安保法制法ができて、自衛隊は武器をもって海外へ出かけているでしょ。あれって、日本の国が武力攻撃を受けてもいないのに、戦闘行動に突入する危険がありますよね」
アベくんは再び憤然とした顔で反論します。
「だって、日本がいつまでも世界平和のために腕を組んだままでいいっていうことじゃないでしょ。世界平和のために日本人だって血を流すことがあって当然じゃないの。そしたら日本人は偉いって、世界中の人が見直すよ」
ヒロくんは腕を組んでアベくんに問い返しました。
「ということは、やっぱり自衛隊は海外で戦闘行為に参加するんですよ。そうなると、9条2項を残すとしても、戦力をもたないとか、交戦権を有しないということはどうなっちゃうのかな・・・。本当に変わらないって言えるの?」
アベくんは、小さな声で「いや、それはもう、少しは変わるでしょ。いい方向へ・・・」と言い返しました。
9条2項の死文化・・・
ヒロくんは、アベくんにたずねます。それを聞いたアベくんは、目を大きく見開きました。
「これまであったのは自衛隊の存在を憲法に明記して、そのうえでしばりをかけるということだったと思うのですが、そのしばりはどこにあるのですか?」
先ほどまで雄弁だったアベくんは急に言葉に詰まりました。
「そんな、憲法が権力者にしばりをかけるなんていう学説は、中世ヨーロッパに王様がいた時代の古いものですよ・・・」
アベくんの言葉の最後はよく聞き取れません。ヒロくんは口をとがらして反論をはじめました。
「近代国家はどこでも、もちろんアメリカでも、国の政治は憲法にもとづいてすすめられるべきで、国の権力者が友人や身内を重用したりして好き勝手な政治は出来ないようにしています」
アベくんは、あわてて大きく手を左右に振ります。
「モリそば・カケうどんなんて、もう聞きたくないよ。コータローもアキエちゃんも何も知らないんだし、マエカワなんて、なんで安保法制に反対していたのに次官になっちゃったのかなあ。情報が足りなかったことを悔やんでいるよ」
ヒロくんは、話を本筋に戻そうとします。
「自衛隊を憲法に明記したら、自衛隊は戦力かどうか、どうなるんですか?」
アベくんは真っ青な顔で言い返します。
「そんな難しいことをぼくに訊いたって、答えられるはずないでしょ。あらかじめ質問通告がないと官僚は回答文をつくってくれないんだから・・・」
ヒロくんは、あきらめません。
「それで、結局、9条2項は死文化するのですか、それとも生き残れる何か保証はあるんですか」
アベくんは、急に両手をお腹にあてました。
「なんか変な音がするんだ。今日は、これで失礼するよ」
ヒロくんは腕を組んだまま、アベくんの逃げ去る後姿を見つめていました。