福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2017年8月号 月報

共謀罪法の問題を考える緊急シンポジウムのご報告

月報記事

情報問題対策委員会委員 一坊寺 麻希(66期)

1 はじめに

平成29年6月15日、「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法(以下「共謀罪法」と略称します。)が成立し、同年7月11日に施行されました。当委員会では、成立した共謀罪法に多くの重大な問題が残ったままであることを広く市民に伝達し、今後、共謀罪法の無限定な運用により国民の権利が不当に侵害されることを防ぐため、共謀罪法成立後間もない同年6月25日に緊急シンポジウムを開催しました。以下、その内容をご報告いたします。

2 共謀罪法とは?

(1) 今一度、共謀罪の内容を振り返ると、共謀罪は(1)「組織的犯罪集団」が、(2)長期4年以上の刑を定める277の犯罪(例えば、窃盗、傷害等)について、(3)犯罪を計画し、(4)犯罪準備行為が行われたときに成立します。

(2) 共謀罪の問題点として、法益侵害の現実的危険性が生じる随分前の段階で処罰対象とするため我が国の刑法の基本原則と相容れないこと、テロ対策と言いながら「組織的犯罪集団」に一般人も含まれうること、対象犯罪が広範である一方で政治家が問擬されうる罪は除外されていること、犯罪準備行為にはATMで預金を引き出すなどの日常的行為も含まれるため処罰範囲を制限できていないこと、「共謀罪」の捜査により監視社会となり国民の表現が萎縮する可能性があることなどが指摘されてきました。

3 内田博文九州大学名誉教授(以下「内田名誉教授」といいます。)の基調講演

(1) シンポジウムでは、まず、内田名誉教授(刑事法学)に「治安維持法と共謀罪」と題して基調講演をいただきました。講演では、治安維持法と「共謀罪」の共通点が示され、治安維持法施行下で生じた問題事例が共謀罪法施行下でも生じうる可能性について指摘がありました。

(2) たとえば、治安維持法制定当時の帝国議会では司法大臣が「思想を圧迫するとか研究に干渉するとかは有り得ない」「善良な国民、普通の学者であり研究者というものに何ら刺激を与えるものでない」(1925年3月11日貴族院本会議)などと答弁していましたが、周知のとおり、治安維持法は一般国民に広く適用され国民の自由を制約してきました。共謀罪法においても、法務大臣は「共謀罪法は一般人に適用されない」と答弁していますが、それと矛盾する答弁がなされるなどしており、一般人に共謀罪が適用される可能性があることが示されました。

また、拡張適用の事例についても具体的にご説明いただきました。治安維持法施行当時、妻が夫のために家事を行うこと、あるいは金銭を用意することは極々自然の行為でしたが、夫が日本共産党中央委員長である場合には「日本共産党の目的遂行の為にする行為」と問擬され懲役2年の実刑判決(昭和8年7月6日題一刑事部判決)が下されることとなり、治安維持法はまさに思想を弾圧する道具として利用されたのでした。

(3) 内田名誉教授は、共謀罪法を監視社会や国民の表現を萎縮させる道具として利用させないためには、第三者機関を設置し、共謀罪法の運用が適正になされているかを常に監視する必要があると仰っていらっしゃいました。

4 パネルディスカッション

(1) その後、内田名誉教授、田淵浩二九州大学教授(専門:刑事訴訟法、以下「田淵教授」といいます。)、当会の情報問題対策委員会の武藤糾明委員長によるパネルディスカッションが行われました。ディスカッションの要旨は以下のとおりです。

(2)共謀罪の問題点は?

田淵:これまでの犯罪は実行しなければ基本的に成立しなかったため犯罪を思いとどまる自由が与えられていた。しかし、共謀罪によりその自由が奪われる。

内田:国民の権利主張活動を妨害するために利用される。

武藤:国民の表現活動が萎縮する。人権侵害を制限する仕組みが存在しない。

(3) 共謀罪の立法過程の問題点は?

内田:中間報告によるのであれば、法務委員会で決議できなかった理由を説明しなければならないがこれをしていない。国会法違反にあたる。

田淵:政府の説明にごまかしがある。パレルモ条約批准のために「共謀罪」が必要と説明されているが「共謀罪」がなくてもパレルモ条約は批准できる。条約はテロ対策のためのものでないのに「共謀罪」はテロ対策と説明されている。

武藤:法案の内容を国民がよく理解できないまま「テロ対策であれば必要」という短絡的な考えのまま進んでしまった。

(4) 今回共謀罪法が成立してしまった原因は?

田淵:研究者声明を出したが、あまり報道されなかった。

内田:以前は与党からも廃案にすべきとの声があったが今回はなかった。メディアも以前は反対したが今回は必要かもしれないという報道が目立った。

武藤:弁護士会は反対運動を継続的にやっていたが、反対運動がメディアで報道されるのは国会に法案が提出されるなど重要な機会に限られた。もっと多くの報道の機会を設けてほしい。

(5) 「共謀罪」の具体的危険性は?

内田:「共謀罪」の摘発には徹底した個人情報の収集が必要。徹底的に個人情報、意思伝達情報が収集されることになる。

武藤:監視社会となり徹底的に個人の行動が分析され個人の持つ思想などが丸裸にされる。

田淵:逮捕が今までよりも前倒し、通信傍受の強化、司法取引により密告が生じる可能性がある。

(6) 捜査機関の権限拡大に対する対抗策は?

内田:第三者機関によって「共謀罪」の運用を監視することが必要。民間の相談窓口が必要。弁護士会に期待。

田淵:任意捜査の限界を制限的に解釈していく必要がある。

武藤:弁護士会として相談窓口を作る必要がある。

(7) 「共謀罪」廃止に向けた取り組みは?

武藤:「共謀罪」の運用の歯止めとなる法制度を作る必要がある。ドイツでは、過去の犯罪を取り締まる警察と未来の犯罪を防止する情報機関が分かれている。また、情報取得について事後通知が必要である。ドイツの制度を参考にすべき。

5 おわりに

共謀罪法は極めて問題の多い法律です。これまで、共謀罪法の成立に反対してきましたが、同法が施行された現在、弁護士会としてやるべきことを考える必要があります。今回、内田名誉教授、田淵教授のお話をお伺いし、反対運動の継続に加えて、不必要な監視、表現の萎縮が生じないように第三者機関や相談窓口の設置に向けての活動を行うべきであると感じました。

当委員会として、今後も継続的に活動を行っていきたいと思いますので、会員の皆様にも是非ともお力添えいただきたくお願い申し上げます。

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