福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2017年3月号 月報

知的財産権に関する連続講義【第二弾】 「実用品に関する著作権侵害訴訟の組立て」 ~第2回 証拠の作成・整理・提出方法~

月報記事

弁護士 鬼束 雅裕(67期)

1 はじめに

中小企業法律支援センターは、会員の皆様に中小企業の相談を受ける際に役立つ知識・情報を提供するため研修会を企画・実行しています。

今回は、昨年12月22日に行われた知的財産権に関する連続講義「実用品に関する著作権侵害訴訟の組立て」の第二弾として、前回に引き続き、九州大学大学院法学研究院教授・寺本振透先生をお迎えし、著作権法について特に中規模・小規模の株式会社でも理解しておかねばらない著作権侵害訴訟の組立て方につきお話しいただきましたので、ご報告いたします。

講師の寺本先生は、東京の大手事務所のパートナー弁護士として多くの知的財産権案件に関与され、その後は東京大学法学政治学研究科教授として、そして現在は九州大学大学院法学研究院教授として知的財産権に関する研究をされております。

本連続講義においては、おそらく福岡県弁護士会初の試みだと思いますが、寺本先生の発案で、クリエイティブサーベイシステム(webを利用したアンケートコミュニケーションツール)を利用して、リアルタイムで受講者の回答を集約・データ化し、その結果を踏まえての講義を行うという取り組みがなされました。

2 本講義の概要

本講義では、「Tripp Trapp」という幼児用椅子について著作権侵害の有無が争われた知財高裁裁判例(「Tripp Trapp事件」。平成27年4月14日判決)を題材に、著作権侵害訴訟において、原告側として、どのような点に注意しながら証拠の作成・整理・提出を行い、攻撃・防御を組み立てていくかについてご説明いただきました。

本講義において、寺本先生は、著作権訴訟における原告側がおこなうべき作業手順を一つの「型」として示されたわけですが、その前提として、ふだん、ほとんど無意識にしている作業を、あえて「型」として示すことにより、同じ水準の作業を繰り返すことができるようになるという説明がなされました。

3 著作権訴訟における原告側がおこなうべき作業手順
(1) 戦場の設定

まずは、請求原因事実に対し、被告がどのような認否を行ってくるのかを予想することにより戦場となるのはどこであるかを確認する作業から始めます。

前回の講義でもご説明いただいたのですが、著作権の分野では請求原因事実そのものの存否が争点になるのではなく、請求原因事実の存在自体は認められるが、それが要件事実を充たすものといえるかという点が争点になることが多いということから、否認の中でも請求原因事実が存在しないという単純な否認と、請求原因事実の存在自体は認めるが要件事実を充たすものではないという面倒な否認とに分けて整理する必要があるとのことでした。

(2) 各戦場での作業手順

上記で確認された戦場において、原告としては、以下の手順で作業をしていく必要があるとの説明がなされました。

① 請求原因事実を書いてみる

著作物性に関する請求原因事実であれば、Tripp Trappの原デザインを特定するように、「昭和47年頃、ピーター・オプスヴィックが、別紙記載の製品をデザインした。」といったものになります。

② 請求原因事実が要件事実に対応することを説明する

著作物性の要件事実は抽象的なものが多く、そのため請求原因事実が要件事実を充たすことを説明しなければなりません。たとえば、Tripp Trappが「美術の著作物」(著作権法2条2項、10条1項4号)に該当することを説明するために、「Tripp Trappの原デザインの全体的な形状は、一見して驚くべきシンプルさで見る者の芸術的感性に訴えかけてくるものであり、日本を含む各国で数々のデザイン賞を受賞するなど、一定の美的感覚を備えた一般人を基準として純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を備えている。」といった説明を行うことになります。

③ 抽象的な説明しかできないこと、だから、説明に説得力がないこと、を認識する。

上記「美術の著作物」該当性の説明からも、著作物性に関する請求原因事実が要件事実に該当するとの説明を行うのは難しいことが確認できます。

④ しかたがないので、「否定を否定する」戦術を採用する。

そこで、発想を転換し、Tripp Trappの原デザインが「美術の範囲」に該当することを説明するのではなく、被告が主張すると予想されるTripp Trappの原デザインは「美術の範囲外」との主張は認められないということを説明することにより、Tripp Trappの原デザインが「美術の範囲」に該当することを説得力のあるかたちで説明する戦術を採用します。

⑤ 被告の「否認の理由」を具体的に想像する。

そうすると、原告の仕事は、原告の請求原因事実が要件事実を充たさないことに関する被告の「否認の理由」の説得力のなさを説明することになり、そのため、被告の「否認の理由」を具体的に想像することとなります。たとえば、「美術」該当性に関する被告の否認の理由としては、原告によるTripp Trappの原デザインの定義付けは間違いであるとの理由と、原告による「美術の範囲」の定義付けは間違いであるとの理由の2つが考えられますが、前者については争いようがありませんので、後者を理由に否認してくるものと考えられます。

⑥ 「否認の理由」のうち、論理構造が脆弱な箇所を特定する。

上記の例でいうと、被告は「美術の範囲」について狭い定義を与える作業を行ってくることが予想され、その場合の手順としては、

  • 著作権法で美術の定義を探して、これを利用する(可能ならⅱおよびⅲで補強)。
  • (ⅰに失敗したら、ⅰの結果を否定しつつ)美術の範囲を説明した裁判例を探して、これを利用する。
  • (ⅰおよびⅱに失敗したら、ⅰおよびⅱの結果を否定しつつ)著作権法で、「美術の範囲」の説明(例示など)を探して、これを利用する。
  • (ⅰ、ⅱおよびⅲに失敗したら、ⅰ、ⅱおよびⅲの結果を否定しつつ)立法時の考え方に頼ることを考える。
  • (ⅰ、ⅱ、ⅲおよびⅳに失敗したら、ⅰ、ⅱ、ⅲおよびⅳの結果を否定しつつ)独自の定義を打ち出す。

という手順を踏むものと考えられる。もっとも、ⅰ、ⅱ、ⅲにより通常決着はつくので、ⅰ~ⅲについて検討する。

「美術の範囲」に関しては、著作権法に定義はなく(ⅰ)、裁判例は狭く説明したものと柔軟に考えたものがある(ⅱ)。「美術の範囲」に関しては、著作権法2条2項において、「美術工芸品を含む」とされている(ⅲ)。

以上の手順を踏まえると、被告は、「(ア)著作権法に『美術の範囲』に関する定義はない。(イ)そのため、『美術の範囲は』社会通念どおりとなるのが原則である。(ウ)一般的な、ふつうに教養ある常識人は、Tripp Trappのようなインダストリアル・デザインを『美術』とは扱わない。(エ)よって、Tripp Trappは「美術の範囲」には入らない」との主張をしてくることが予想される。

上記論理のうち、(ウ)は、「・・・はない」という構造の命題。そうすると、「有る」例を示せば、「・・・はない」という命題は突き崩せる。なので、(ウ)が脆弱。

⑦ 脆弱な箇所を撃破する戦術を準備する。戦術に従って、証拠を用意する。

上記でいうと、原告としては、(ウ)を衝く証拠を準備し、提出することとなる。例えば、有名な美術館でTripp Trappが展示されていることを証拠として提出する。

(3) 著作権侵害訴訟の難しさ

上記作業手順を戦場ごとに行っていくことをTripp Trapp事件を基に詳しく説明いただいたのですが、Tripp Trapp事件においては、「著作物性」が認められるか否かの戦場では原告に有利に働いていたTripp Trappの特徴を際立たせるための証拠が、著作権の「侵害」が認められるか否かの戦場では原告に不利に働いてしまった(被告製品はTripp Trappのような特徴を持たない)とのことであり、著作権侵害訴訟の難しさを認識させていただきました。もっとも、依頼者にとって、著作物性が認められたうえでの敗訴と著作物性自体が否定されたうえでの敗訴では全く異なることから、「侵害」が否定されることを恐れて「著作物性」の戦場で証拠の出し惜しみをしないように注意しなければならないとの説明をされておられました。

4 おわりに

本講義はTripp Trapp事件という著作権侵害訴訟を題材に行われたものですが、行われた説明内容は、著作権侵害訴訟はもちろんのこと、一般の民事訴訟においても、十分活用できるものとなっており、大変勉強になりました。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー