福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2016年9月 1日
憲法リレーエッセイ 安保法制違憲訴訟の課題と展望 −青井未帆教授の問題提起に触発されて−
憲法リレーエッセイ
会員 小谷 百合香(64期)
安保法制違憲訴訟
このところ、福岡県弁護士会(当会)でも安保法制や憲法について考えるシンポジウムや講演会が開かれ、幸いなことに毎回、多くの市民の参加もあり盛況です。
そしてこの4月26日、3月末に施行された安保法制について、東京で違憲確認ひいては国家賠償と施行差止めを求める訴訟が提起され、全国でも後に続けと訴訟提起がなされています。福岡でも、近く提訴される予定です。
ただ、安保法制それ自体が違憲であることは自明とはいえ、違憲判断に消極的と言われてきた裁判所に正面から違憲判断してもらうには難しい問題が山積です。
この難題を一つ一つクリアすべく、平成28年7月22日、東京・渋谷区の伊藤塾で、学習院大学の青井未帆教授(専門:憲法9条、憲法訴訟論)による講演があり、参加してきました。そこで、私がつかんだ思いや、解決の手がかりを報告します。
青井未帆教授の問題提起
Loyal Opposition(ロイヤルオポジション)
東京の安保法制違憲訴訟は、弁護士が原告を募るような形で、弁護士が中心となって訴訟を提起し追行をしているという面があるように感じます。ほかの地裁での裁判も、同様の傾向にあるようです。原発差止めの裁判も同じだと同期の弁護士から聞いたことがありますし、議員定数不均衡訴訟も同じではないでしょうか。
この実態について、青井教授は積極的に評価し、これをロイヤルオポジション(Loyal Opposition)という言葉で表現しました。ここでのロイヤルの頭文字は、Rではなく、Lです。
つまり日本の弁護士(法律家)は、権力そのものではありませんが、完全に権力の圏外にいるわけでもありません。そのような立場から、立憲民主主義が破壊されそうになっている今の危険をチャンスに変える方策に打って出る、日本ではその役割を(メディアではなく)弁護士が果たしているというのです。
安保法制違憲確認・差止訴訟は、国民を戦地に送り、戦争に巻き込んで、生命・身体・健康・財産・幸福追求権を損なう危険性を大いに秘めた、憲法9条に違反する安保法制をとらえて、弁護士が裁判を通じて「違憲である」との判決をもらおうとするものです。このことは、私たち弁護士に課せられた「基本的人権の擁護」「社会正義の実現」という2大使命(弁護士法1条1項)を実現するものと言えるのではないでしょうか。
そういう面をとらえて、青井教授は現在の弁護士による活動をLoyal Oppositionだと、弁護士への敬意を尽くして表現されたのだと思います。
一たび戦争となれば、いのちや財産が奪われることになります。私たち弁護士は事態が起きる前に、国民の人権を守り抜かなければならない。今、その使命が担わされているように思います。
「事件性」の要件は?違憲審査基準は?
私はこれまで、裁判所は付随的違憲審査制を採用し、具体的な事件が起きなければ違憲判断をしない、と学んできました。
では、具体的に誰かが戦地に行かなければ違憲訴訟が提起できないのでしょうか。青井教授からは、藤田宙靖元最高裁判官の論考や最近の憲法訴訟の在り方を紹介されました。
昨今の憲法訴訟の傾向として、議員定数不均衡訴訟などの客観訴訟では、最高裁が憲法秩序の維持を示すことが自明ではないものの、徐々に示すようになってきています。つまり、結論において違憲の判断をしない場合でも、憲法解釈を展開する憲法訴訟が増えてきているのです。
安保法制は、現時点では法制が成立し施行されたとはいうものの、まだ実際の運用や具体的な処分がなされたわけではありません。しかし、国民の生命・財産・幸福追求等の権利を損なう危険性は大いにあり、憲法9条に違反するものです。法律を作る国会が、憲法違反であっても法案を通してしまうときに、平和主義や三権分立を謳う憲法秩序を維持するために、裁判所が「三権」の一機関として職責を果たし、立憲政治のあるべき姿を取り戻す役割を果たすべきです。
では、憲法9条に違反するような法制については、どのような違憲審査基準が用いられるのでしょうか。
これは喫緊の課題であり、最大の難関であります。これについては、青井教授から興味深い示唆がありましたが、教授自身まだ考察中ということで、論文にも著していないため、私からの紹介は控えておきます。
今後、全国の訴訟において、弁護団が自由な発想により、どのような違憲審査基準を提案するのか、それに対して全国各地の裁判所がどのような判断を示すのか、興味深く見守っていきたいと思います。
今後の展望
福岡でも、安保法制違憲確認の国賠・差止訴訟が提訴される予定です。
現在、弁護団員への就任の訴えがなされています。数は力なり。まだ弁護団に加入されていない会員には、憲法9条の新しい判断基準や新たな判例を作る取り組みに参加されることを訴えます。ぜひご一緒させてください。
なにより、安保法制が違憲であることを白日の下にし、憲法の理念を取り戻した政治運営がなされるよう、見守りつつ行動することが、弁護士に求められている。そう実感させられる貴重な講演でした。