福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2016年8月号 月報
連載/相続法改正PT報告 第2回/配偶者の居住権確保のための制度について
月報記事
司法制度委員会家事法制部会・相続法改正PT 山崎 あづさ(54期)
「中間試案のたたき台に対する意見書」を出しました
この間、法制審議会相続法制部会から出された中間試案のたたき台について、日弁連から意見照会がきていましたので、当PTで急ぎ検討を行い、意見書を提出しました。
パブリックコメント募集が始まりました
7月12日に、「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案」が発表され、これに対するパブリックコメントの募集が始まりました。意見募集締切日は9月30日です。当PTでは、現在、パブリックコメントの作成に向け、作業を進めているところです。
「パブコメ 相続法」などで検索すると、意見募集のページが出てきます。ここに中間試案も掲載されていますので、是非ご覧ください。
論点の解説 ~配偶者の居住権保護について
本稿では、今回の改正の柱の一つである、配偶者の居住権を保護するための方策について、解説いたします。
今回の相続法見直しの出発点となったのは、高齢化社会の進展、家族のあり方に関する国民意識の変化、配偶者の死亡により残された他方配偶者の生活への配慮、という観点です。そのための柱の一つが、配偶者の居住権保護のための制度です。夫婦の一方が死亡した場合、残された他方配偶者は、それまで居住してきた建物に住み続けたいと希望するのが通常と考えられること、特に高齢者の場合、住み慣れた住居を離れて新たな生活を立ち上げるというのは精神的にも肉体的に大きな負担になることから、生存配偶者の居住権を保護する必要性が高いとして、制度化が検討されています。
今回出されている中間試案では、配偶者の居住権保護のため、「短期居住権」「長期居住権」という二種類の制度を新設することが盛り込まれています。
短期居住権とは?
相続開始時に被相続人の配偶者が被相続人所有の建物に無償で居住していた場合に、遺産分割により建物の帰属が確定するまでの間、引き続き無償でその建物を使用できる、というものです。配偶者以外の者が遺言等により建物の所有権を取得した場合でも、相続開始の時から一定期間(例えば6か月間)、無償でその建物を使用できる、とされます。短期居住権を取得しても、遺産分割において取得すべき財産の額には影響しません。
こうした短期的な居住権の保護については、判例(最高裁平成8年12月17日判決)で使用貸借契約成立の推認という形で認められているものですが、今回、これを整備して制度化するものであるといえます。
この短期居住権については、配偶者に限定するべきなのかどうか、建物の帰属の確定時までではなく遺産分割手続全体が終了するまでとしたほうがいいのではないか、期間が6か月では短いのではないか、配偶者が固定資産税等の必要費を負担するとされているところ、これは遺産分割協議の中で考慮すれば足りるのではないか、などの意見が出されており、なお検討をしているところです。
長期居住権とは?
相続開始時に配偶者が居住していた被相続人所有の建物について、終身または一定期間、配偶者にその使用を認めることを内容とする法定の権利(長期居住権)を新設するものです。遺産分割の協議や審判における選択肢の一つとして、あるいは被相続人の遺言等によって、配偶者に長期居住権を取得させることができるというものです。
現行法のもとでは、配偶者が従前居住していた建物に住み続けたいという場合、配偶者がその建物の所有権を取得するか、その建物の所有権を取得した他の相続人との間で賃貸借契約等を締結するということが考えられます。しかし、前者の方法では、建物の評価額によってはこれを取得すると他の遺産を全く取得できなくなり、配偶者のその後の生活資金が確保できなくなる場合が生じます。また、後者の方法では、賃貸借契約が締結できなければ配偶者の居住権は確保されないということになります。そこで、長期居住権という、建物使用のみを内容とし収益権限や処分権限のない権利を新設することによって、配偶者の居住権を保護する選択肢を増やそうというのが、今回の改正案の趣旨です。
今回検討されている長期居住権は、終身又は一定期間と相当に長期のものであり、これを配偶者が取得した場合は、その財産的価値に相当する金額を相続したものとして扱うとされています。また、登記をすれば第三者に対抗できるとされています。
この長期居住権については、新しい制度の創設ということもあり、中間試案の段階でも検討課題がまだ多く残されています。長期居住権の財産的価値をどのように評価するのか、長期居住権に関する登記手続をどのように定めるのか、配偶者が建物を使用できなくなった場合に所有者に買い取りを請求する権利を設けるかどうかなど、なお検討するものとされています。
他の相続人や債権者との関係にも配慮しつつ、配偶者の居住権保護として機能する制度にするにはどうすればいいか、私たちも、それぞれの経験を生かしさまざまな場面を想定して、考えられる問題点などについて意見を述べていく必要があると思います。
また、居住権の問題だけでなく、相続全般における配偶者の位置づけということも検討していく必要があるのではないかと考えられます。このあたりについては、次回以降の記事でも触れられるところだろうと思いますので、皆様、お楽しみに。