福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2016年7月号 月報
大規模災害時における弁護士会の活動について
月報記事
災害対策委員会 松尾 朋(64期)
第1 はじめに
会員のみなさまにおかれましては、平成28年熊本地震における熊本県弁護士会並びに大分県弁護士会の活動の支援にご協力いただきまして、誠にありがとうございます。
以下では、平成28年熊本地震における弁護士会の活動を簡単に説明します。
第2 被災地弁護士会の活動メニュー
1 熊本県弁護士会の準備した支援のメニュー
まず、平成28年熊本地震においては、熊本県弁護士会が準備した被災者支援のメニューは次のようになっています。
- 無料電話相談
- 出張面談相談
- 自然災害債務整理ガイドラインの窓口設置と相談会
- 震災ADRの開設
となっています。
以下、それぞれの支援の実施状況について少し詳しく述べます。
2 支援活動の実施状況
(1)無料電話相談
ア 電話相談の概要について
無料電話相談は、4月25日(月)に2回線体制で開始しましたが、回線が常時パンク状態だったため、同28日からは5回線に増やして実施することとしました。
また当初は、熊本県弁護士会のみが担当し、土日は開催しないこととしていましたが、GW中にも実施すべきとの意見が多く、同29日には祝日ながらも実施、5月2日~同5日には当会から支援の弁護士を派遣する形で実施しました。
同7日からは東京三会に電話を転送することで熊本会の負担を減らすことが可能となり、同13日からは更に2回線を増加させ、当会と大阪弁護士会へと転送することが可能となりました。
現在は、土日を含み毎日実施しています。
電話相談の体制は、午前10時から16時まで、平日は7回線(熊本:福岡:東京:大阪=1:1:4:1)、土日は5回線(熊本:福岡:東京:大阪=0:1:3:1)となっています。
6月13日までの相談総数は、4051件です。震災当初は、一日の相談件数が150件を超えることもありました。相談件数は徐々に落ち着いてきてはいますが、現在でも、一日に平日は60件以上、土日は30件程度が寄せられています。
イ 相談内容について
電話相談に寄せられる相談として最も多いのは、不動産賃貸借(借家)に関する相談です。簡単にまとめると、震災により借家の一部が損壊したことについて、立ち退きに関するもの、貸主の修繕義務に関するもの、家賃の支払いに関するもの、解約を前提として敷金返還に関するもの、立退料に関するものなどの相談が寄せられています。もっとも貸主と借主が対立している例としては、貸主が全く修繕をしてくれない上に家賃は全額払ってほしいと言っているがどうしたら良いのかというものがありました。
また、次に多い相談が、工作物責任と相隣関係に関する相談です。すなわち、揺れによって、瓦やブロック塀等の工作物が壊れて隣地を侵害していることに関するもの、当該瓦やブロック塀が隣地の所有者の動産等を損壊してしまった場合の損害賠償に関するもの等です。多かったのは、家の屋根瓦が隣家のガレージに落ちかけたことで、隣家の車両を傷つけてしまったというものでした。このような場合に、車の修理代は誰が持つべきなのかというもので、状況としてはこれから交渉前の方から既に交渉が決裂した方までいらっしゃいました。一方で、近所では被害がないのに自分の家の屋根瓦だけが落ちたのは、欠陥住宅なのではないかという相談もありました。
これに加え、災害時の相談業務の重要な機能として、被災者に対する情報提供があります。災害時に利用できる公的支援制度を、平時から市民の方が理解していることは通常ないことから、被災者が利用できる様々な制度を説明し教示することも重要な機能なのです。公的支援制度に関する相談としては、罹災証明の交付に関するもの、応急修理についてのもの、被災者生活再建支援制度に関するもの等様々なものがあります。これらの制度は、災害の規模等により、刻々と運用が変わることもあるため、常に情報に接し、アップデートする必要はあります。
(2)出張面談相談について
出張面談相談については、熊本県弁護士会においても集計が間に合っておらず、相談数等は不明なところです。相談場所は、益城町総合体育館等の避難所や、阿蘇市役所、熊本市役所をはじめ、その他市町村の庁舎や商工会、商工会議所です。
熊本県弁護士会では、毎週50人を超すような人員を配置しなければならない状況にあり、熊本県弁護士会への負担は相当大きくなっているようです。
ただ、相談の依頼のタイミングや直受の問題等があり、他会への支援要請ができないのが実情とのことです。
(3)自然災害債務整理ガイドラインの運用について
熊本地震クラスの災害になると、住宅ローン等の債務整理も重大な問題となります。ガイドラインの概要については、当会のHPにも研修会のDVDや資料を掲載していますので、そちらを参照して下さい。ここでは、現時点におけるガイドライン利用の実情について簡単に述べます。
6月14日現在、熊本県弁護士会における登録支援専門家登録名簿の登録数は107人、一方で全銀協からの登録支援専門家の委嘱依頼は118件来ており、既に登録支援専門家名簿に登録されている全ての弁護士に委嘱が来ている状況です。
今後、最終的には1000件程度の委嘱依頼があるのではないかと予想されており、熊本県弁護士会のみでの対応が可能なのかは疑問がもたれています。
現状では、ガイドラインの実施要綱上の問題から熊本県弁護士会の弁護士を委嘱するしかない状況のため、熊本、福岡、仙台、日弁連と全銀協との間で改善策の検討をしているところです。
(4)震災ADRの開設について
熊本県弁護士会では、平成28年5月26日に震災ADRを開設しました。
上記の電話相談の内容から分かるとおり、相当数の相談は近隣トラブルに分類されるものです。このため、法的な義務がどちらにあるのかということだけでは解決できないことが多く、電話相談で回答する場合でも、民法や借地借家法上はどうなっているかという一般的なことはお伝えできますが、結局のところ、「隣家の方と相談してみて、それでもダメなときは弁護士の面談相談を受けて下さい」というしかありません。
このような状況から、震災関連相談の多くは、調停等の話し合いで解決することが望ましいというべきです。
熊本県弁護士会の震災ADRでは、申立手数料が無料、成立手数料も場合によっては通常の半額となるように設定されています。
震災ADRは、東日本大震災の際に仙台弁護士会で開設されたものがあり、紛争解決の受け皿となってきたという経緯があります。熊本県弁護士会の震災ADRも、被災者間の紛争解決の受け皿となることが期待されています。(仙台弁護士会の震災ADRの詳細については、仙台弁護士会紛争解決支援センター『3.11と弁護士 震災ADRの900日』(一般社団法人金融財政事情研究会 2013)を参照して下さい。)
第3 当会の活動
1 当会独自の活動
当会では、平成28年熊本地震以降、福岡県内の被災者、熊本県内からの避難者があることを想定し、4月25日より震災関連相談で法律相談センターを利用する場合には、希望に応じて相談枠を60分に拡大するとともに、相談料を無料とすることとしました。
6月14日までに各センターに寄せられた震災関連相談は17件となっています。
2 支援弁護士会としての活動
支援弁護士会は、被災地弁護士会からの支援要請に応じて、支援を行うことになります。
今回は、現に、熊本県弁護士会が準備した被災者支援活動の上記のメニューの全てにおいて、当会への支援を要請するかもしれないとの事前の連絡を受けていたところです。
現時点では、電話相談を支援することのみ行っていますが、場合によっては、自然災害債務整理ガイドラインにおける支援も考えられるものと思われます。
また、現時点での当会における支援へのご協力につきましても、可能であればもう少し多くのみなさまにご協力いただければ幸いでございます。
多くの会員の皆様に電話相談をご担当いただくことにより、被災者の方々が置かれている状況を知っていただき、息の長い支援が可能となることと思います。また、支援により、今後、福岡県内で災害が発生した場合にも必ず役に立つ知識や経験となるものと考えております。
なお、初めて担当される方が、手ぶらで会館にいらっしゃっても対応していただけるよう、様々な資料等を準備しておりますので、是非とも熊本県弁護士会の支援活動へのご協力をよろしくお願いいたします。