福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2015年8月号 月報

紛争解決センターだより 「あっせん・仲裁人に聞く!(大神朋子先生)」

月報記事

紛争解決センター運営委員会委員 管 納 啓 文(62期)

本連載では、福岡県弁護士会紛争解決センター(以下、「弁護士会ADR」といいます。)の利用促進のため、弁護士会ADRの和解成立事案に関与されたあっせん・仲裁人(以下、「あっせん人」といいます。)の先生に、当該事案の概要や解決に至ったポイントなどをご報告いただいておりますが、今回は、医療ADRのあっせん人として紛争解決にご尽力いただいている大神朋子先生に、医療ADRの現状や課題等についてお話をうかがいました。

なお、医療ADRとは、福岡県弁護士会が平成21年10月に開設した医療紛争に特化したADRであり、主任のあっせん人(主に裁判官経験のある弁護士が担当)、患者側代理人経験が豊富なあっせん人及び医療機関側代理人経験が豊富なあっせん人の3名体制で、専門性の高い医療紛争について話し合いによる解決にあたっています。

Q1 大神朋子先生は弁護士会ADRのあっせん人として、どのような経歴をお持ちですか。

A 医療ADRが発足した平成21年10月から、医療ADRの医療機関側のあっせん人として活動しています。医療ADRでは、医療機関にあっせん手続きに応諾していただけない事案が相当数ありましたが、応諾していただいた事案でいうと、4件にあっせん人として関与し、うち2件で和解が成立しています。

Q2 最近の和解成立事案について、差し支えない範囲でご紹介いただけますか。

A 申立人が患者、相手方が医療機関の事案です。

第1回あっせん期日には、申立人側は申立人の夫が代理人として出席され、相手方は院長と副院長(医療安全担当者)が出席されました。

申立人の言い分は、相手方において、ある疾病(以下、「疾病1」といいます。)の治療を受けた際に、担当の医師がその過程で行われた血液検査の結果から別の疾病(以下、「疾病2」といいます。)の発症を見落としたために、容体が悪化し、治療期間も長期化したとして、疾病1及び疾病2の治療費の免除と慰謝料及び治療の延長により断念した旅行のキャンセル料の支払いを求めるというものでした。

これに対し、相手方の言い分は、血液検査に見落としがあったことは認めるが、その後すぐに、疾病1の治療と合わせて速やかに適切な治療を行っているので、疾病2を悪化させた事実はないし、治療期間が長期化したわけでもない。そのため、疾病1及び疾病2の治療費を免除することはできないし、旅行のキャンセル料も支払えない。ただし、一定程度の慰謝料を支払う用意はあるとのことでした。

以上の双方の言い分を踏まえ、あっせん人から当事者双方に対して、金額を特定したうえ、相手方が申立人に対して慰謝料を支払うことで解決したらどうかという和解案を提示したところ、双方ほぼその場でご同意いただけましたが、申立人側は代理人出席であったこともあり、持ち帰って申立人本人と検討してもらうことになりました。

そして、第2回期日において先に述べた内容で和解が成立しました。

Q3 手続を進めるにあたって配慮した点を教えてください。

A 当事者に対しては、双方の言い分や法的な枠組みについて丁寧に説明し、理解を得られるよう努めました。

和解案の提示にあたっては、相手方に一定額の支払いを求めるとしても、その金額は適正妥当なものでなければならないということを念頭に置きつつ、他方で、申立人の治療費の支払義務との兼ね合いも考慮しました。最終的には、あっせん人3名で協議した上で、治療費の免除はせず、治療費を超える慰謝料額を示して和解案を提示したところです。

Q4 早期の解決に至った要因はどこにあったと考えておられますか。

A 事案についていえば、相手方が血液検査に見落としがあったことは認めていたので、過失に争いがなく、争点が金銭面の調整に絞られていたことが挙げられます。

また、当事者双方に「話し合いによってこの紛争を解決するんだ」という熱意があったことも早期解決に至った大きな要因として挙げられます。

申立人の代理人(夫)は、相手方の言い分に冷静に耳を傾けてくださり、法的な枠組みについても理解を示して下さいました。

相手方も、事前に和解に向けた検討をした上で第1回期日に臨まれ、同期日においては持参されたカルテ等を示しながら申立人の疑問点等について詳細に説明されました。和解について決定権を持つ相手方院長が出席され、第1回期日の席上であっせん人の提示した和解案に同意して下さったことも、迅速な解決に寄与したといえます。

Q5 医療ADRでは、医療機関に手続に応諾していただけない事案が多いのですが、この事案の相手方医療機関の反応等はいかがでしたか。

A 手続に出席された院長からは、「この手続で紛争を解決することができて満足している。このような低額の手数料で、弁護士3名が関与するこのようなシステムを運営できるというのは素晴らしいことだと思う。医療機関としても積極的に利用していきたい。」といった評価をいただきました。

医療ADRについては、確かに医療機関が不応諾の事案が多いのですが、この事案の相手方も含め、徐々に医療機関の理解も進んできているのではないかと実感しています。

Q6 これまでのご経験を踏まえて、医療ADRに向いている事案とは、どのような事案だと考えていらっしゃいますか。

A 過失に争いのない事案や請求金額が少額の事案、争点はそうないけれども感情的なもつれ等から当事者間での話し合いがまとまらない事案が向いていると思います。

そのような医療紛争を調停で解決することも多いと聞きますので、あてはまる事案を抱えている会員の皆様には、調停だけでなく、医療ADRも選択肢の一つとして検討されてみたらいいのではないかと思っています。

Q7 医療ADRの良い点をお聞かせください。先ほど調停の話が出ましたが、調停との比較という観点からも、ご意見をいただけるとありがたいのですが。

A 期日を柔軟に設定できることなど手続の柔軟性が挙げられますが、やはり弁護士があっせん人をしていることが一番の強みといえるのではないでしょうか。あっせん人の皆様は、法的な知識を十分に備えていることはもちろんのこと、訴訟、訴訟外交渉及び法律相談等についての豊富な実務経験をお持ちですから、当事者からの話の聞き出し方、落とし所の探り方、説得の仕方も心得ておられますので。また、先ほど医療機関から医療ADRを評価していただいたエピソードをご紹介しましたが、弁護士会が運営しているからこその信頼感もあると思います。

医療ADR特有の事情としては、主任のあっせん人、患者側代理人経験が豊富なあっせん人、医療機関側代理人経験が豊富なあっせん人の3名体制で運営しているのは良い点だと思っています。あっせん人自身の実務経験から、どうしてもスタンスが片方に寄ってしまいがちなところがあると思いますので、専門性を維持しつつ中立公正な解決を図るには、3名体制が適していると思います。

Q8 逆に改善を要する点についてもお聞かせください。

A 医療ADRについては、まだまだ医療機関側にあっせん手続に応じていただけない事案が多いですので、その点は改善を要すると思っています。

解決実績を積み上げて、医療ADRが円満解決に向けた制度であることの理解が進んでいけば、自ずと応諾していただける事案も増えていくと思います。

現在は患者から医療機関に対する申立てがほとんどですが、医療機関から申立てをしたいというニーズもそれなりにあると思いますので、医療ADRに対する医療機関の理解と信頼が高まっていけば、医療機関からの申立て件数が増えていくことも期待できます。

医療ADRが発足して、まもなく6年を迎えます。医療ADRが患者側、医療機関側双方に信頼され、利用しやすい制度となり、より多くの医療紛争を適切、迅速かつ公平に解決できるよう工夫を重ねてまいりましたが、愛知県など弁護士会の医療ADRが活発に利用されている地域と比べると、当会の医療ADRの解決件数はまだまだ少なく、伸び代が大きいと考えています。

医療ADRを含む弁護士会ADRが確固たる制度として社会に定着するには、着実に成功実績を積み上げていくことが何より重要であろうと思いますので、会員の皆様には、本連載等を通じて弁護士会ADRで解決された事例や、弁護士会ADRの特色などを知っていただき、事件処理の選択肢に加えていただければ幸いに思います。また、実際にご利用いただいた際には、積極的にご意見、ご要望等を頂戴できればと思います。

最後に、大神朋子先生には、ご多忙のところ、お話をお聞きする機会を設けてくださり、誠にありがとうございました。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー