福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2015年7月号 月報
紛争解決センターだより
月報記事
紛争解決センターあっせん仲裁人候補者 富 永 孝太朗(54期)
私があっせん人として関与し、和解が成立した抜歯治療に関する事案について報告をします。
■申立の内容
申立人が奥歯2本のブリッヂをしていたところ、ブリッヂ部分に食べかすなどが詰まったために、それを除去してもらう目的で相手方の歯科医院を初めて訪れ、ブリッヂを外すだけと思ったところ、事前の説明がないまま奥歯2本を抜歯されたというものでした。
■第1回期日前
申立人の申立書は、手書きの細かい字で10頁以上にわたって事実経過や心情が綴られており、抜歯されたことによる相手方に対する不信感や憤りが強く感じられるものでした。私としては、相手方が応諾してこないのでは無いかと思いましたが、幸いなことに相手方も応諾するとのことでした。相手方からは、「事前に説明をしており、問題があるとは思わないが希望があれば、ほとんど元の状態に戻す」という回答書が提出されました。
■第1回期日
申立人は、期日前に様々な文献を調べたり、他の歯科医師から意見を聞いたということもあり、私の予想よりも冷静な対応でした。申立人としては奥歯2本のうち1本は抜歯も仕方が無かったかも知れないが、もう1本は歯根が残せたかも知れず、抜歯以外の治療を模索したかったとのことでした。相手方院長も医学的には抜歯することには全く問題が無かったけれども、申立人が初めて訪れた患者であり、抜歯をしたことに納得をしていない結果からすれば、説明が必ずしも十分ではなかったという思いは抱いているとのことであり、金銭的解決の余地があるということでした。そこで私から申立人に対し金銭的解決の余地はあるが、相手方は医学的に抜歯することは問題が無いと考えており、必ずしも申立人が期待するような高額な解決金では和解をすることは難しいことを伝え、それを前提に話し合いを進めていくことに了解が出来るか尋ねたところ、申立人も了解するとのことでした。最後に申立人及び相手方に双方同席してもらい、解決するために譲歩できる最大限の金額を互いに次回までに検討して貰うようにお願いしました。
■第2回期日
申立人は、抜歯後、別の歯科医院にて25万円程度の治療費を支払ったことや慰謝料を加えて50万円を希望するとのことでした。相手方は、元に戻すための最大限の治療を行えば16万円程度であり、それに多少の慰謝料を加えることは検討できるとのことでした。私から双方に対し結果的に代替可能な治療を十分に説明せず自己決定権を侵害したと考えられる余地を考慮し、25万円の解決金を支払うという内容にて和解できるか次回期日までに検討して貰うようにお願いしました。
■第3回期日
双方とも私の提示した和解案を承諾してもらい無事和解が成立しました。
申立人からは「この制度を教えてもらって本当に良かった。解決することで前向きに生活することが出来ます」と感謝していただきました。
■事件を終えた印象
あっせん人としては、申立人の心情には共感しながらも、相手方の医学的見解を努めて冷静に説明を行ったことが申立人のADRでの解決意欲を高めたものと思っています。
申立書と回答書だけを見ると和解できる見通しは正直低いと思っていましたが、当事者双方の解決意欲に助けられた印象です。
結果的には、専門性が高いけれども費用対効果として訴訟には馴染まないというADRでの解決が相応しい典型的な事案だったと思います。