福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2015年4月号 月報

取調べの可視化シンポジウム

月報記事

刑事弁護等委員会 委員長 德 永   響(50期)

第1 平成27年2月14日(土)午後1時30分から、「それボク」は過去の話?~取調べの可視化の現在(い ま)~と題して、取調べ可視化のシンポジウムが開催されました。
言うまでもなく、「それボク」とは周防正行監督の映画「それでもボクはやっていない」を指していて、シンポジウムに法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会委員を務められた周防正行監督をお呼びして、広く市民への参加を呼びかけた結果、レソラ天神5階「レソラNTT夢天神ホール」に150名を超える参加者を集めることができました。
刑事弁護等委員会では、当番弁護士発足○周年というシンポジウムや可視化のシンポジウムを複数回開催していましたが、久方ぶりのシンポジウム開催となりました。
この時期に大規模なシンポジウムを開催したのは、2014(平成26)年7月に新時代の刑事司法制度特別部会の改革案がとりまとめられましたが、可視化の対象となる事件が極めて限られていることなどから、国会審議を前に市民を巻き込んだ大きな議論をしておく必要があるからに他なりません。

第2 シンポジウムは3部構成で、第1部は冤罪被害者(「バス痴漢冤罪事件」「爪ケア冤罪事件」)の方々のインタビュー形式による体験談(インタビューアーは当会の丸山和広弁護士・天久泰弁護士)、第2部は袴田事件の冤罪被害者である袴田巖さんのビデオレター(説明者は当会の美奈川成章弁護士)、第3部はパネルディスカッションという構成です。
1 冤罪被害者の方々の話は、体験した者でなければ語り得ない生々しい被害の実情を訴えかけるもので、冤罪被害者の苦しみ、絶望感、疎外感を参加者に感じさせる内容でした。
バス痴漢冤罪事件では、捜査官が「私の仕事は君を有罪にすることだ」「認めないの?なら出さない。」「君が罪を認めないと裁判で苦しむよ」と告げられ、自分の言い分を信じてもらえないことに絶望する心情が語られ、「車載カメラに(犯行が)写っている」「目撃者がいる」と自白を迫られる状況が赤裸々に語られました。爪ケア冤罪事件では、明日のことすらわからない状況におかれる被疑者が、弁護士ではなく、むしろ刑事の方が自分のことを分かってくれるかのような錯覚に陥って自白してしまう危険性が明らかにされました。
取調べの全過程が録音録画によって可視化されていれば、冤罪被害の発生を防止しえたことも明示されて、取調べの可視化の必要性がはっきりと参加者に伝わりました。

2 パネルディスカッションでは、周防正行さん、大阪弁護士会で特別部会委員の小坂井久弁護士、当会の天久泰弁護士、元裁判官の立場から当会の陶山博生弁護士がパネリストとして参加され、当会の甲木真哉弁護士がコーディネーターとして議論を進行させました。
周防さんは、調書が捜査官の作文であるにもかかわらず、重要な証拠となることに驚きと同時に恐怖を感じたことに加え、検察のあり方をきっかけに議論を始めたにもかかわらず、警察はこれまでの捜査で悪いところはないというスタンスに立ち、有識者意見を無視しようとする動きに危機感を覚えたことをお話いただきました。
その他のパネリストからも、冤罪事件は虚偽自白とセットになっていること、可視化されていない取調べにおいて刑事の見立てに逆らう供述をすることは困難であること、調書の任意性に関する水掛け論は可視化するしかなく、可視化で裁判は変わること、可視化したDVDを有罪認定のための実質証拠とすべきでないことなどの意見が出されました。

3 最終とりまとめでは、取調べの録音録画の対象とされる事件が少なく、冤罪を防止するためにはあまりにも不十分なものであることが確認され、より広い範囲での取調べの全過程の録音録画が必要であることを参加者に訴えかけ、制度改革が少しずつしか実現しないとしても、改革の歩みを止めてはならないことを確認してシンポジウムは幕を閉じました。

第3 有識者として特別部会に参加された周防さんの話は、まさしく一般市民の感覚に裏付けられた視点であると同時に、自らのなまった感覚を戒めるものでした。この月報が出るころには「それでもボクは会議で闘う」というような題名で特別部会の様子を出版されるようで、楽しみにしています。
一般市民の感覚を持って、特別部会に参加した周防さんは、「対象が小さくとも、取調べの全過程の録音録画を法律で導入できれば、その価値は小さくない。」、「今後は、対象事件の拡大と共に、普通の判断を普通にできる裁判官に大きな期待を持っている。」と話されていたことが強く印象に残りました。
密室での取調べと調書裁判からの脱却には実務家が取り組まねばならないと決意を新たにしました。
なお、紙幅の都合で、パネルディスカッションの中身等を明らかにすることはできませんでしたが、現在、本シンポジウムの詳細な内容を冊子にして会員に配布する作業中ですので、ご期待ください。

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