福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2014年9月号 月報
「転ばぬ先の杖」(第8回)~離婚事件の「転ばぬ先の杖」って何だろう~
月報記事
会 員 東 敦 子(52期)
「転ばぬ先の杖」というお題で・・とある弁護士にお願いしたのに、「私は転んでばっかりだから、そんなテーマは書けませんねえ。」ときっぱり断られてしまいました。ということで投げたボールが上手いこと打ち返されたため、東が担当させていただきます。
さて、私が受ける相談の多くは離婚(女性、たまに男性)。離婚のときの「転ばぬ先の杖」って何でしょうか?
離婚については、インターネットで検索すると様々な情報が出ており、弁護士に相談に来る前に予備知識を持っている方が多くなりました。ですが、情報が多すぎて、不安になっている人が増えた気がします。また、相談に来られる方の多くは、弁護士には「はい」か「いいえ」を求めておられるのですが、どうして、そんな質問をしているのか、どんな事情があるのかを聞かないと簡単には回答できないことばかりです。
普段の相談を振り返ってみますと・・・
Aさん「離婚したいって、先に言い出したら不利になるんですよね。」
このAさんタイプの質問をはじめて聞いたとき「都市伝説・・・?」と思いました。先に言い出したから、不利ってことはないしなあ・・・。こんな場合はどうでしょうか。~Aさんは単純に夫との性格の不一致で離婚がしたかった、ところが、Aさんの夫には浮気相手がいてAさんと離婚したいと思っていた。Aさんは、夫の浮気を知らないまま、本来、慰謝料が請求できるのにそれに気づかないまま離婚。夫の方はしばらくして再婚し、内心ラッキー~。まあ、先に言い出したから不利になったというわけではありませんが、いつのタイミングで切り出すのか、相手に離婚を切り出す前に、弁護士に相談しといてよかったわあと言っていただくこともあります。
次は、限りなく心配性のBさんです。
Bさん「私はずっと専業主婦です。夫から『お前は子どもを育てられないから、親権は取れないぞ』って、本当ですか?」
わたし「まだお子さん小さいですよね。生まれてからも、今も、お世話しているのはお母さんでしょう?」
Bさん「でも、夫は『お前と別れて、再婚でもして、その女性が育てるからいい、俺の親が育てるからいい、家事なら家政婦雇うからいい』って言うんですよ。」
わたし「再婚相手も義母も家政婦さんも『お母さん』の代わりはできないし。」
Bさん「でも、でも、私は何の資格もないし、子どもを大学に行かせられないかも。」
わたし「まだね、赤ちゃんだし、大学はもう少し先のことですよね。今、お子さんが小さいうちに、お母さんも仕事のこと頑張ってみませんか。離婚して、生活基盤が弱くても、母子を支援する制度もあるし、就業支援もありますよ。私の依頼者の方で、専業主婦だったけど、県外の母子寮に入って、看護師になった人もいるし、保育士になった人もいますよ。」
Bさんは、子どもの生活のことを思うから、将来のことを思うからこそ、自分が育てていいのか、悩みます。「子どもさんのことを、こんなに真剣に考えて悩んでいるあなたこそが、親権者にふさわしいのですよ。」Bさんは大泣きして、そのあと笑顔になって、帰っていきました。人生の大きな転機を迎えて、不安で押しつぶされそうなとき、励ましたり、支援機関につないだりすることも弁護士の仕事です。
最後に、DV加害者のCさん(男性)です。ある日、とても暗い表情で、訴状をもって相談に来られました。Cさんの暴力で大けがをした妻から届いた訴状でした。Cさんの相談は「僕は離婚したくありません。」でした。
わたし「ごめんなさいね。あなたの希望にそう結論は出せないと思うから、私は代理人になれません。」
Cさん「どうしてですか?僕のことを軽蔑するからですか?あなたが女性だからですか?」
わたし「そうではありません。この事件の内容では、私がどんなに頑張っても、離婚しないという結果を出すことはできない、それを私がわかっているから、あなたに正直に伝えているのです。」
Cさん「僕は、妻のことが大切だ。ちゃんとやり直せる。」
わたし「あなたはそう思っている。でも、奥さんはそう思っていない。私には奥さんの気持ちを変える力はない。そうなると最終的には裁判所が判断するのです。私は、裁判所は離婚を認めると思います。だから、離婚したくないというあなたのお役には立てない。ごめんなさいね。」
こんな会話が1時間、いえ、2時間は続いたでしょうか。Cさんは「わかった。僕は、あなたに代理人を頼みたい。離婚する方向で話し合いをするが、自分の意見も伝えてほしい。」と真剣に言われました。「私が代理人でよいのですか?もし、途中で気持ちが変わったら、言ってください。」と私も腹をくくって受任しました。もちろん、Cさんが簡単に割り切れたわけではありません。訴訟は離婚の方向で話し合いを続けたものの、その後の打ち合わせのときも、Cさんの気持ちは揺れ続けていました。寂しい、僕だけが悪いのか?僕が妻に手を挙げたとき、僕なりの理由はあったんだ・・・。普段は、妻の代理人をすることが多い私ですが、Cさんの立場からみた夫婦の関係、妻への思いを、一つ一つ受け止めていきました。Cさんにとって、とても苦しい時間だったと思います。Cさんは、私を解任することはなく、裁判所の和解離婚も受け入れました。Cさんが苦しみながらも離婚を受け入れた理由は「これ以上、妻に嫌われたくない。離婚したいっていう妻の希望を叶えてあげることにした。離婚は嫌だけど、受け入れる。」でした。
私は、Cさんの「転ばぬ先の杖」にはなっていませんが、転んでしまったけれど、次に進むための小さな杖にはなれたかもしれません。