福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2014年4月号 月報
「転ばぬ先の杖」(第4回)
月報記事
会 員 瀬 戸 伸 一(59期)
1 「転ばぬ先の杖」第4回を担当させていただきます。市民向けとお聞きしておりますので、事案も簡略化して紹介させていただきます。
2 借金問題
最近は減ってきたものの、自殺対策白書によれば、平成24年度に、借金問題(経済・生活問題)と思われる理由で自殺をした人が全体の19%近くいるそうです。
私のところにも、ある方が「今日、どうしても相談を受けてもらいたい。」と言って、その方の家族(依頼者)を連れてきたことがありました。
聞くと、依頼者は消費者金融に数百万円の高金利の借金があり、まじめに働いているが借金が減らない。自殺をしようと家で首をくくる準備をしていたところ、別の家に住んでいた家族が、数日前から様子がおかしかった依頼者を見に来たため、事なきを得たとのこと。本人は自殺するしかないと考え、「死なせてくれ」と言っていたが、その家族が「弁護士に相談してどうしようもないと言われたら死んでいいから相談に行こう」と説得して連れてきたということでした。
20年間程貸し借りの取引があり、利息制限法の制限利息で計算すると、返済する借金がなくなりそうな状況であったので、「借金が残るどころか、お金を返してもらえる(過払金)可能性が高そうです。借金が残るにしても、残らないにしても、死ぬ必要は全くないですよ。弁護士が受任すれば、請求も直接来なくなります。」と説明し、本人も安心して帰宅していかれました。
後日、消費者金融から返還を受けた過払金を依頼者に返還し、借金は全くなくなったことを報告すると、「あのとき、死なないで家族に相談に連れてきてもらって良かったです。」と涙ぐんでお話されていました。
自分が経営している会社も含めて、借金問題で自殺をする必要はありません。自殺を考える前に弁護士に相談していただければ、必ず、いいアドバイスが受けられるはずです。
3 合意書の作成
A会社の甲社長とB会社の乙社長は仲が良く、A会社とB会社とは長年取引がありました。
B会社の帳簿にはA会社に対する1,000万円の売掛金が載っていましたが、これは実は購入した商品に難があってキャンセルされた分で、実際には、B会社は請求できないものでした。
あるとき、この1,000万円の売掛金について、甲社長と乙社長が話をしました。乙社長は、「キャンセル分というのは分かったけど、売掛金が全部無くなると、大赤字になってしまうから、形だけ、売掛金があるということにしてほしい。今後は請求しないから。あと、今、会社の運転資金がないから、1,000万円のうち、100万円だけ支払う形でお金を融通してほしい。今後、B会社がA会社に売る商品の価格を値引きする形で返済をするから。」と言ってきました。
甲社長は、この話を信じて、乙社長の出す合意書にサインをしました。その合意書には、「A会社は、B会社の売掛金1,000万円があることを認めて、そのうち、100万円をすぐに支払う。」という内容しか書かれていませんでした。
A会社が100万円を支払った後、B会社からA会社に売掛金900万円の支払請求の裁判が起こされました。その裁判の中で、乙社長は、「売掛金は、キャンセル分などではない。合意書でも売掛金が認められているし、1,000万円のうち、100万円が支払われていることがなによりの証拠だ。」などと主張しました。
最終的には、900万円の売掛金は認められませんでしたが、それまでに、長期間裁判を行う時間、労力、費用がかかってしまいました。
嘘をつかれたことが本件の原因ですが、それでも、甲社長が、合意書にサインをする前に、弁護士に相談をしていれば、「当事者間の合意と合意書の記載が異なっている。このままサインすると危ない。」という忠告が受けられ、合意書にサインをしなかったり、合意内容がきちんと記載された合意書を作成したりしていれば、裁判にもならなかったものと思われます。
仲のいい間柄でも、いつ紛争になるかわかりませんので、簡単なものでも、合意書を作成する際には、一度弁護士に相談することをおすすめします。 ちょっと体調がおかしいと思ったときに、薬を飲んだり医者に見てもらったりしたほうが、大事に至らないのと同じように、この件大丈夫かな?とちょっとでも思ったら、弁護士に相談したほうが後日の安心につながります。