福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2014年1月号 月報

シリーズ―私の一冊― 「海賊とよばれた男」 (百田尚樹著 講談社)

月報記事

会 員 萬 年 浩 雄(34期)

私は人の生き様や人間力を描いた小説が好きである。百田尚樹著の「海賊とよばれた男」は久方振りにスケールの大きい人物を描いている。

出光興産の創業者である出光佐三をモデルにしたドキュメント小説である。私の知人の姉が出光家に稼しており、私はかねてから、馘首なし、タイムカードなし、定年なしの出光興産の経営の実態はどこからくるのであろうかと思っていたし、創業者出光佐三の人間力には非常に興味をもっていた。

佐三が石油小売会社から出発し、既存の石油元売や官僚からの徹底的な弾圧や国際メジャーとの激しく厳しい闘いに臨み、ついにはイランから石油採掘し、輸入に成功した歴史を読んで、私は、スケールの大きさと創業者オーナーの経営哲学に感服した。そして佐三の創業の資金援助をし、かつ自分の財産を投げ出して今日の出光興産の基礎を築きあげた、日田重太郎というスケールの大きい男の存在に度肝を抜かれた。日田が佐三に惚れたとしても、全財産を投げ打って資金援助する度量の広さはどこからでてくるのか。昔は日田みたいな人が数多くいたとは聞いていたが、ここまでの人間の描写を私は初めて読んだ。佐三は日田の恩義には日田が死ぬまで報いている。この佐三の義理と人情、そして人間力には全く感動した。

私が人間力に興味をもったのは、人間が大成する、あるいは成功するのは、知識ではなく知恵の勝負、そしてその人がどういう哲学をもった人間如何によるかではないかと思ったことによる。その意味で経営者の経営哲学を知るとその人間力の大きさがわかる。

この問題点に気付いたのは、私が弁護士稼業に嫌気がさした時である。

弁護士5年目位に、尊敬する故國武格弁護士の私に対する発問があった。「萬年君、弁護士稼業にもそろそろ飽いてきたろう」と尋ねられ、私は「いやいや弁護士は私の天職ですから飽きることはありません」と回答した。そうすると故國武先生は悲しそうな顔をされて一言も発せられなかった。私はその故國武先生の表情を忘れることができなかった。

弁護士10年目位に、私は弁護士になったのは道を間違えたのではないかと、弁護士稼業がイヤになった。弁護士の仕事は民事、刑事にしろ所詮人間の欲望処理ではないか。苦労して司法試験に合格したものの他人の欲望処理のために仕事をするのかと弁護士稼業に疑問をもったのである。

あの全共闘世代では学生運動に熱中したのは当然であり、私は逮捕歴こそないもののその寸前は何回もあった。逮捕された友人に、警視庁でお前の写真は何十枚もあったぞと言われ、就職することはあきらめた(現に司法研修所の検察教官からは、君は青法協の大幹部だろう、国家権力は公安を使って君の身上経歴は徹底的に調査していると言われた。ただ私は、青法協の会議には100パーセント出席していたが、組織嫌いであったため青法協の会員にはならなかった)。

学生運動に熱中し、大学の授業をほとんど欠席していた私は、卒業後独学で法律を勉強し、昼夜逆転の生活でアパートに閉じ籠もって勉強し、やっと司法試験に合格した。そして社会正義と基本的人権を確保するために弁護士稼業を始めたものの、前述の他人の欲望処理に嫌気がしたのである。ここで5年前の故國武先生の発問の意味が初めて理解できたのである。

そして、弁護士の仕事は形としての成果物が残らないし、この空しさを覚えていた。

私は幼児のころ、毎日隣家の大工さんの作業場に遊びに行き、大工仕事を一日中飽きもせず見ていた。大工仕事は仕事が成果物として残る。やはり仕事は、形として仕事の成果物が必要ではないかと思っていた。

丁度その頃、企業再建の仕事がきた。企業再建に成功すると、依頼者であるオーナー、従業員、取引先、金融機関等関係者全員が喜び、又その企業名を見聞するたびに仕事の成果物を味わうことができる。これは丁度私が幼児の頃、大工仕事に憧れていたのと同じでないかと気付いた。すると私は企業再建の仕事がおもしろくなり、弁護士冥利を味わうことができるようになった。

そうすると企業再建するには何が必要か、それは経営者の経営哲学や人間力如何にかかるのではないかと思い、経済、経営、企業実態、経営者の生き様を描いている本、雑誌、新聞等を乱読するようになった。特に創業者オーナーの創業の経緯や哲学等は興味津々である。そこに共感するのは、独創的発想はするものの、強固な哲学に裏付けられた経営の理念、そして人の生きる道を考えた人生訓である。出光佐三が会社経営を、従業員を家族とみなして大事にする思想が理解できた。この考えであれば労働組合も不要だし、従業員も必死になって働くだろうと思った。会社という組織をいかに機能させるかを本能的に理解し、それを経営ビジョンにして会社運営しているのである。私の知る伸びている企業経営者にはそういう人が多い。

そこで、企業が倒産するのは経営者の人間力の弱さが露呈したに過ぎないのでないかと思った。その場合は旧経営陣は経営責任をとって辞職し、人間力に富んだ経営陣を選出するしかなかろう。その人間力に富んだ経営陣か否かは、人間力に関する幅広い知識と洞察力が問われ、幅広く勉強する必要があるのだ。

私はその意味で日経新聞の「私の履歴書」や経済人のエッセイ、そして日経ビジネスの「敗軍の将、兵を語る」シリーズは勉強の糧となる。企業再建するには金融法務の知識は勿論のこと、会社法、経営論、日本経済、世界経済の知識は前提事実である。そして人間力の根底にある哲学、人間性をも理解する必要がある。そうすると読書の範囲は必然的に幅広くなるし、文学だけではなく、映画の世界を見て人間の性や情を学ぶ必要がある。

私は人間の生き様や死に様に興味をもち、それを究めたいと熱望している。この「海賊とよばれた男」を読んで、私が弁護士稼業に嫌気がさして、弁護士稼業で成果物を見ることができる「企業再建」の仕事に熱中し始めた原点を想起させた本であると思った。

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