福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2013年11月号 月報

第56回人権擁護大会・広島 (平成25年10月3、4日)

月報記事

会 員 三 浦 邦 俊(37期)

去る10月3日午後12時から、広島国際会議場において、第56回の人権擁護大会のシンポジウムが開催されました。第1分科会が、「放射能による人権侵害の根絶をめざして」、第2分科会が、「なぜ、今『国防軍』なのか―日本国憲法における安全保障と人権保障を考える―」、第3分科会が、「不平等」社会・日本の克服―誰のためにお金を使うのか」というテーマでしたが、私は、第3分科会に日帰りで参加し、翌日の人権擁護大会も、午前8時19分の「みずほ」に乗って、9時30分過ぎには会場に到着、大会の懇親会と、その後の某会合も参加し、午後11時前には、自宅に帰りついていました。見分した範囲で、人権擁護大会の報告を致します。

全体的な感想を述べれば、それこそ何年振りか、何十年か振りで、戦争と平和、基本的人権、法の支配の原則など、基本的な理念、原則に立ちかえって考えることができて、大変勉強になったと思います。来年は、函館で、イカそうめんを食べましょうが、函館弁護士会会長の呼びかけでした。


シンポジウム報告

第3分科会のシンポは、日本の生活困窮者は増大の一途をたどっている、相対的貧困率(世帯所得をもとに国民一人ひとりの所得を計算し、順番に並べて真ん中の所得の半分に満たない人の割合)は16%、アメリカに次ぐ高さであり、一人親世帯の相対的貧困率は2011年においては50%である。その一方で、社会保障費削減による餓死、孤独死の増加、経済・生活問題を理由にする自殺者の増加傾向は15年間変わらない状態にあるとの問題提起がありました。この貧困拡大の要因は、第一に、非正規雇用の拡大による不安定・低賃金労働の蔓延にあって、年収200万円以下の民間企業の労働者は、2006年以降、6年連続で1000万人を超え、非正規労働者は、全労働者の38.2%、非正規労働者の賃金水準は、正規労働者の約5割であるとの指摘がありました。また、他方で、労働組合の組織率が2012年時点でわずか17.9%であり、中小零細企業や、非正規労働者層は、事実上未組織状態におかれていることが、このような不安定、低賃金労働が蔓延している原因である。第二として、日本の社会保障制度は、年功序列制度と終身雇用制度に基づく賃金体系を前提とした男性正社員が一家の働き手・支柱であることを前提にして、社会保障制度が本来担うべき役割の多くを企業、地域及び家族の負担と責任に委ねて、出生から生涯を終えるまでの漏れのない社会保障制度の構築を怠ってきた。その結果、いったん収入の低下や失業が生じると社会保障制度によっても、救済されず、根本から生存権を脅かさせている、日本の社会保障制度はセーフティネットとして機能不全に陥っているとの指摘がおこなわれました。熟年離婚の果てに、常習累犯窃盗事件を繰り返す、一流大学卒業の元一流企業社員の国選事件を思い出しました。また、医療に関しては、医療費の自己負担率が増加していること、年金に関しては、国民年金を40年間納付しても、基礎年金額は夫婦とも高齢者世帯が受給する生活保護基準にも及ばないとの指摘がありました。歳を取ったら、資産をはたいて生活保護で暮らした方が得だという話は、到底、容認できないと思われました。また、住宅の確保も、日本では国民の自助努力と位置付けられているために、近時は、家賃負担に耐えられなくなって、ネットカフェ難民や野宿等のホームレス状態に陥る人が後を絶たないとの指摘と、フランスなどでは住宅の問題は、社会保障の中で考えられていることの紹介がありました。フランスでは、犯罪を犯した人の帰住先で頭を悩ますことはないように思えました。

第三として、社会保障費の削減による低所得者層家庭の経済的基盤の脆弱化がもたらされている一方で、公教育が縮小されて教育の私費負担が拡大しているため、経済的理由で、高校中退を余儀なくされたり、大学進学をあきらめたりする子ども、医療を受けられずに心身の健康を悪化させる子ども、家族の中で育つ機会を奪われ貧困に直面させられている子どもが増加しているとの指摘がなされ、親の貧困が子どもの貧困に繋がる「貧困の連鎖」の構造、貧困の再生産が「機会の不平等」を生じさせ、この貧困の連鎖が社会階層の固定化を生じさせているとの指摘がありました。

そして、これらの問題に対する対策として、税と社会保障制度による所得再分配機能の必要性が強調され、所得の再分配は、生存権を保障するなど福祉主義を採用する憲法においては当然に予定されている機能であって、「応能負担の原則」も、憲法第13条、第14条、第25条、第29条などから要請されるが、現状では、所得1億円の人の所得税負担率は28.9%であるのをピークに10億円で23.5%、100億円では16.2%に低下し、所得が高くなるほど納税負担率は軽くなっている。他方、給与所得者の所得税率は、課税所得330万円以下が10%、課税所得330万円超から500万円が20%であり、住民税負担まで考慮すると、所得100億円の人の所得税負担率より、平均的給与所得者の納税負担率が高いとの指摘、所得税の基礎控除(38万円)の引き上げを検討すべきである、資産所得に対する分離課税の所得課税率15%は給与所得に対する課税率より低い、相続税の最高税率は75%だったものが50%となっている、資産所得の分離課税や、減税措置は、応能負担の原則に逆行してきたものであるとの指摘がおこなわれ、海外との比較においても、2007年時点の比較で、スウェーデン、フランスでは社会保障費のGDP比が30%近くであるのに対して、日本では、20%にも達しておらず、社会保障費の中身をみても、欧州諸国と比較すると日本では高齢者関係、医療関係に偏り、家族関係支出、失業関係支出、住宅関係支出の割合が少なく、日本には、所得再分配機能が低く、所得再分配前後のジニ係数の改善度の比較においても、OECD加盟国の中では、最低レベルにある等の指摘がおこなわれました。

以上のような分析の中から、不平等社会の克服の視点として、第一に、貧困を生む要因を排除するために、社会保障制度の整備・充実、労働者の権利の確立及び子どもの貧困対策の必要性の指摘、第二として、社会保障の権利性の確認と社会保障基本法の制定の必要性の指摘、具体的には、医療・年金・介護の各社会保険制度について、社会保険中心主義の社会保険制度から、年金を含めた税財源によるという普遍主義の原則にたった社会保障制度への転換が必要であり、健康で文化的な居住環境で生活することは生存権保障の重要な要素であり、低所得者一般に対する普遍的な家賃補助制度を創設すべきであるとの指摘がありました。第三として、不平等社会を克服するためには、税制においては、応能負担原則に従った適切な課税によって所得再分配機能を発揮させることが必要であり、生活費控除原則は、応能負担の原則の中でも重要なものであり、生活費控除原則を徹底した課税最低限の再検討がなされるべきであるとされ、さらには、応能負担の原則に基づく実質的平等の確保の観点からも、担税力に応じた資産所得課税のあり方、減税措置等の見直しなども含めて再構築等が必要との指摘がありました。第四として、憲法による「租税法律主義」及び「財政民主主義」の規定の指摘があり、税制調査会、財政制度等審議会、規制改革会議、産業競争力検討会議等、税制、社会保障制度、労働法制等を審議する場における政策形成過程の不透明、委員構成の不均衡は、審議過程における情報の公正性を欠き、民主主義の機能不全を招いている。これら重要な政策形成過程における国民の参加が保障される制度が構築されるべきであって、このような観点から、学校教育の場における主権者教育の観点からの法教育の推進の中に、社会保障、税金及び財政等の教育について、国民の権利、民主主義の観点からも、充実化が図られるべきとの指摘がありました。

最後に、日弁連の提言として、税制及び財政に関しても、憲法は租税法律主義及び財政民主主義を採用しているのであるから、今後は、税制、社会保障制度も、人権及び民主主義の観点から調査、研究をおこなって、継続的に提言をおこなうことが宣言されました。特別報告の中で、青山学院大学教授で、実行委員会の委員でもある三木義一先生が、租税法律主義の観点からは、税法を民法と同じように趣旨解釈で救済する裁判所は間違っている、裁判官は、文理に従った解釈をせよと指摘されましたが、この指摘は、行政庁の処分一般にも、応用できるのではないかと思った次第で、裁判官に対する人権教育が必要だとの指摘を思い出した次第でした。この分科会だけでも、一般の方を含めて、700名の参加があったそうです。


人権擁護大会について

10月4日の人権擁護大会当日は、この1年間の日弁連の人権擁護活動について、九弁連推薦の松田幸子副会長から時間がないところで要領良く説明がおこなわれたことや、当会の永尾廣久会員が、恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案において、分科会の長として、簡潔に要領良く議案説明をされたことをまずは、報告すべきであるでしょう。

当日は、日弁連の決議として、(1)立憲主義の見地から憲法改正発議要件の緩和に反対する決議案、(2)福島第一原子力発電所事故被害の完全救済及び脱原発を求める決議案、(3)恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議案、(4)貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す決議案の質疑と採決がおこなわれ、いずれも、活発な意見交換の末、賛成多数で、決議は承認されました。これ以外に、日弁執行部から、いわゆる可視化問題に関する刑事司法制度特別部会に関する報告がおこなわれました。

大会に参加してもっとも印象深かったのは、来賓として最後に挨拶された広島市長の松井一實さんの「私は、憲法の前文が好きです。特に、最後の段落が好きです。市長としては、憲法99条を忘れないようにしています。」という趣旨の言葉でした。この市長さんは、生粋の広島人で、外務省勤務もされた労働官僚であることを後で調べて知りましたが、幼いころから、平和の尊さを教えられた広島の方であるから、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」と、自然に言うことが出来るし、公務員の職についてからも、「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と自覚を持たれていることには、うれしくなってしまいました。
若い会員の皆さんは、来年以降の人権擁護大会に是非参加してみてください。何かを感じさせてくれるものがあると思います。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー