福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2013年4月号 月報
ADRの更なる活用を 〜久留米法律相談センター20周年によせて
月報記事
元・筑後部会紛争解決センター運営委員会委員長
富 永 孝太朗(54期)
これは、先日行われた久留米法律相談センター20周年記念パーティーにて配布した冊子に掲載されたADRに関する文章を修正した上で再掲したものです。
1 はじめに
福岡県弁護士会が行うADR手続は、代理人弁護士による申立て以外は、弁護士による法律相談を前置すること(弁護士による紹介状の作成)を要件としており、その意味では、法律相談センターこそがADRの窓口的機能を果たしていると言っても過言ではありません。
本稿は、筆者の経験に基づいた福岡県弁護士会久留米紛争解決センターにおける解決事例を紹介するとともに裁判所における民事訴訟あるいは民事調停とは異なる弁護士会ADRの存在意義を踏まえ、法律相談センターの更なる発展と共に弁護士会ADRの理解と活用をお願いすることを目的とするものです。
2 久留米紛争解決センターにおける解決事例
ADR手続における弁護士と紛争解決を望む当事者との関わりは、(1)本人申立を前提に紹介状を作成する。(2)申立代理人としてADRを申し立てる。(3)相手方代理人として応諾し、手続に関わる。(4)仲裁人弁護士として手続を主宰する。といったものに概ね分類されます(ただし(4)の類型は、仲裁人弁護士候補者となっている弁護士に限ります)。
(1)の類型については、紛争の金額が低廉で弁護士に依頼するのは費用対効果の点から適当ではない反面、相手方も何らかの形で解決を希望することが窺われる紛争で解決した例が見られました。筆者が紹介状を作成した事例では、婚約不履行や共同事業の不履行などの紛争において、数10万円の解決金の支払で解決したものがありました。
(2)の類型については、筆者が関与した事例として、マンション建物新築工事において既に入居が始まった後に配管に瑕疵が判明し、その瑕疵修補及び損害賠償請求を求めてADRを申し立てたという事例がありました。この手続では専門委員として1級建築士の関与の下、補修箇所を特定し、多数回の期日を設けて、入居者への説明や補修方法などを慎重に協議して進め、概ね納得の行く瑕疵修補を完了させることが出来ました。他には、ある食品工場の機械に挟まれ指が損傷するという労災事故の被害者の代理人として損害賠償を求めてADRを申し立てた事例もありました。この事例の主たる争点は、事故態様に伴う過失相殺割合でしたが、速やかに相手方代理人とともに事故現場に赴き、状況を確認することができたことにより、短期間で解決を見ることが出来ました。
(3)の類型については、内縁の妻と戸籍上の妻との遺産に関する紛争に関して相手方代理人として関与し、解決を見ました。相手方代理人として関与する場合には、相手方本人に十分にADR手続の内容、特に解決した際の成立手数料の負担を要することを説明し、納得を得る必要があります。
(4)の類型としては、いわゆる上司によるパワハラ・セクハラによる損害賠償を求め申し立てられ、相手方が一定の解決金を支払うことで解決した事例があります。被害を受けたとする申立人の話を十分な時間を取って耳を傾け、共感をすることにより、当初は当事者双方の解決金額に大きな開きがあったのですが、解決を見ることができました。ADR手続では、パワハラやセクハラといった当事者双方共に公開を望まない紛争の解決事例も多く見られます。
3 ADRの存在意義
裁判所における民事訴訟は、全ての紛争を解決に導くことの出来る万能の手続ではありません。訴訟手続では、1回の期日に十分議論が出来る時間を取れず、その厳格な手続から、証拠が限定され、その紛争の実態を正確に把握して貰うまでに多くの時間や費用を要することも少なくありません。高度に専門化された紛争であれば、より一層時間と費用が必要となるでしょう。また、公開したくない紛争には、民事訴訟は馴染みません。
また、民事調停もADRの一類型であり、裁判所における簡便な紛争解決手続という意義は十分に認められます。もっとも特に複雑な紛争に関しては、紛争解決の専門家である弁護士の方が速やかに紛争の実態把握をでき、期日の設定や解決内容の柔軟性からすれば、紛争の性質や規模、当事者の関係性によっては、民事調停よりもADR手続が適している紛争が少なからずあると考えられます。
さらに、この点はあくまで私見ですが、民事訴訟は、一度提起してしまえば、事実上、その結論が好むと好まざるに関わらず判決という形で決着を見てしまう不可逆的な手続であるのに対し、ADR手続は当事者が合意しなければ、結論を見なくても良いという中間的な手続であるところも長所ではないかと考えます。当事者間の交渉が捗らないときに直ちに訴訟提起をするのでは無く、仲裁人という中立的第三者を挟んだ上での交渉という選択もありますし、訴訟となった場合でも争点整理機能も果たすことになります。
2で概観した解決事例のような民事訴訟及び民事調停手続による解決に適していない紛争、さらにはADR手続の方が迅速かつ円満な解決が期待される紛争が存在するというのがADRの存在意義であると思います。
4 最後に
ADR手続は、民事訴訟や民事調停手続とは存在意義を異にする有益な紛争解決手続であるということが本稿をその窓口的機能を果たす法律相談センターを支える多くの皆様(特に法律相談を行う弁護士)に認識して頂ければ幸いです。
更なるADRの活用を切に望みます。
◆憲法リレーエッセイ◆
憲法リレーエッセイ
会 員 梅 津 奈穂子(59期)
皆様にクイズです。
(1) 尖閣諸島は日本古来の領土ですか?
(2) では、古来とはいつからですか?
(3) 米国地名委員会(その決定に大統領が関与する程の連邦の機関)の見解では、竹島は日本領ですか、韓国領ですか?
(4) 日本はサンフランシスコ平和条約で千島列島を放棄しましたが、吉田首相が同条約締結の前日に行った演説は、択捉、国後が千島列島に含まれることを前提にしていましたか、どうですか?
(5) 尖閣諸島、竹島、北方領土で軍事紛争が生じた場合、米軍は日本側に立って戦いますか?
元外務省国際情報局長、元防衛大教授である孫崎亨氏の講演は、このようなドキッとする質問の連発から始まった。平成25年3月1日都久志会館で開催された講演会である。孫崎氏のツイッターのフォロアーも大勢参加され、120名の会場はほぼ満席。チラシに「先着順」とあったため、下関から駆け付け1時間以上も前から並んで下さった方もいた。
元外交官ならではの、事実や条約に裏付けられた緻密かつ説得力ある話にグイグイと引き込まれ、講演は寝る暇もなく進行していく。
さて、冒頭のクイズの答え。(1)いいえ、(2)1872年以降、(3)韓国領、(4)前提にしていた、(5)日本側には立たない。
この答えを驚かずに受け止められる人はどのくらいいるだろうか。少なくとも不勉強な私にとってはどれも衝撃であった。これまでマスコミの報道を何の疑念も抱かず鵜呑みにしていたのである。
「尖閣も竹島も日本古来の領土である。不法な領土侵略に対しては『断固とした姿勢』を!」と声高に叫ばれるようになって久しい。昨今の情勢は、漠然とした不安をリアルな危機感に変えていく。「断固とした姿勢を!」そう唱える人々の心底には、領土紛争が生じたら日米安保条約に基づき米軍が加勢してくれるという算用も少なからず働いているだろう。知らないということはなんと恐ろしいことか。
一方で、日米安保が役に立たないならば日本も独自の国防軍を!と極端に走るのもまたしかり。中国経済が圧倒的な力を持つようになった今日、日本がいかに軍事に予算を割こうとも、その勝敗は明らかである。領土問題解決の現実的な選択肢は平和的解決以外に有り得ない。事実や数字を知れば知るほどその答えは説得力を持つ。そして、「領土を捨て、欧州での影響力の拡大を図った」ドイツの方策が、平和的解決のひとつの方向性として示される。
孫崎氏の話は、原発問題やTPPにまで及ぶ。
(6) 東日本大震災より6年以上前の衆議院予算委員会公聴会で、津波に起因する炉心溶解の危険性について警告がなされていた。ホントかウソか?
(7) TPP参加により、国民健康保険が潰されるおそれが生じる。ホントかウソか?
(6)(7)いずれも本当の話である。そして、領土とTPPという一見無関係に思える問題が、「米国の思惑」というキーワードで繋がっていく。その陰にマスコミの情報操作あり・・・。
少しずつ背筋が寒くなっていく。北朝鮮や中国のような報道統制は決して他人事ではなかったのだ。
孫崎氏は、御著「これから世界はどうなるか」の中で、「正しい情報は存在するのです。しかし、よほど真剣に探さないと見つかりません。」と語る。情報に対し受け身になるのではなく、能動的にその真偽を検証していく姿勢が不可欠となろう。
研修「DV被害及びDV被害者支援と法的処理の基礎知識」のご報告
月報記事
両性の平等に関する委員会
相 原 わかば(55期)
1 はじめに
去る2月14日、精神科医の佐藤真弓先生と、当会会員の松浦恭子先生に講師を務めていただき、表記の研修会を行いました。
これは、犯罪被害者の支援に関する委員会、両性の平等に関する委員会が共催して行ったものですが、当会が、平成25年度に実施を目指すDV被害者支援制度の相談担当弁護士名簿の登録要件とすることを予定した研修でした。なお、その後、DV被害者支援制度が正式に発足した後、当日の研修のDVD録画を上映する形で、改めて登録研修を実施することになっております(福岡部会で4月8日と17日に実施予定、他各部会にて実施予定)。
DVについては、2001年にDV防止法が実施された後、2度の改正を経ておりますが、行政機関における認知件数、裁判所への保護命令申立件数も増加しており、深刻な被害も後を絶たない状況です。DV被害が家庭内という密室で生じ、被害者が孤立させられがちであることに鑑みれば、まだ法的支援にアクセスできていない被害者の存在も少なくないと考えられます。このような現状から、当会では、DV被害者が法的支援にアクセスできるよう広報等を充実させると共に、上述のDV被害者支援制度として、保護命令を検討し得るようなDV事案について無料相談制度を創設すると共に、今回の研修を企画した次第です。
本研修では、松浦恭子先生から、「DVが問題となる事件の実務について」と題して、DV支援に関する行政・司法の制度と実務の現状を、佐藤真弓先生から、「DV被害への理解と留意点」と題して、DVの背景・被害者心理などにつき、ご講義いただき、この種事案に対応する上で大変実践的な内容でした。
2 DV事件の実務について
松浦先生のお話では、まず、相談時の留意点として、被害者の中には、正確に出来事を話せなかったり、どうしたいのか考えがまとまらなかったりする人も少なくないけれど、それこそがDVの影響と理解できるということです。
DVによって、支配されたり、尊厳を奪われた状態に置かれていると、自分の言うことや自分の考えを持つことさえ封じられてしまいます。また、ひどい目にあったのだから記憶している筈というのは正しくないこと、被害者は必ずしも別居・離婚を希望したり決意したりしてはいないかもしれないことに留意が必要です。
相談に当たる上では、被害者が安心して話ができるよう受け止めることが大切で、また、私達弁護士ら支援者にあたる者は、その人自身の意思決定のスピード、タイミングを大事にして、その人自身が持っている力で回復できるよう手助けするスタンスが必要ということです。また、相談者の安全な生活を確保することが大事で、殊に、居所等の情報の取扱いには注意を要するところです。
また実務では、法的手続の他、新たに健康保険に加入したり、世帯主に支給されていた児童手当等をつけかえたりする手続について相談されることが多々あります。これらについても、例えば、健康保険の場合には、配偶者(例えば夫)の健康保険の被扶養者から抜けて、新たに国民健康保険に加入するには、通常、被保険者(例えば夫)によって資格喪失証明書を得てもらわなければなりませんが、DV事案の場合には、行政の援助証明書を得ることで、被保険者の協力なしに手続ができます。また、児童手当は、離婚を前提とする別居事案では、受給者の付け替えができますが、児童扶養手当の方は、本来、「1年以上遺棄されていること」との要件が必要であり、このため多くは離婚後にしか受給できない実情にありました。しかし、平成24年の政令改正で、保護命令を受けた事案については、「保護命令確定証明書」をもって受給できる扱いになった旨教えていただきましたが、この点、あまり知られていないのではないでしょうか。
その他、保護命令制度の要件や運用実態のご説明と共に、申立人の居所などの情報の取り扱いを誤り、申立人を危険にさらすことがないよう配慮すべきポイントをご教示いただきました。
3 DV被害の理解について
佐藤先生からは、最初に、DVの本質・背景につき、お話いただきました。
重要なのは、DVが決して個人間の問題ではなく、それを生じさせ、助長させていく背景として、性別役割分業の強制、結婚に関する社会的通念(「結婚して一人前」)、世帯単位の諸制度、子どもをめぐる社会通念(「一人親はかわいそう」)、経済的自立の困難、援助システムの不備などがあるということです。
これらが、外部社会の状況が、社会装置として働いて、DVの様々な力と支配の形態―身体的暴力の他、心理的暴力、経済的暴力、性的暴力、子供を利用した暴力、暴力等の過小評価・責任転嫁、社会的隔離など―を支え、助長させていくとの指摘は、具体的で大変分かりやすい内容でした。 DVの形態につき、具体例を挙げれば以下のようなものです。
心理的暴力:いわゆる暴言の他、「あーいえば、こーいう」式で追いつめ女性が切れると攻撃する、欠点等を執拗に言い、言われた方が気が変になったのではないかと思わせる、罪悪感を抱かせる等
経済的暴力:女性が職に就いたり仕事を続けることを妨害する、家計管理を独占する、支出を事細かく問いただす等
性的暴力:望まない性行為、性欲を満たす対象とする、避妊に協力しない、子供に分かるのに性交を強要する等
子供を利用した暴力:母親として至らないと思わせ正当な権利や要求を封じ込める、子供に母親の悪を吹き込み子供に責めさせる、子供の前で暴力を振るい侮辱する、子供を虐待し(または虐待すると脅し)しかもそれを女性のせいにする、「子供を渡さない」と脅し別れる力をそぐ等、
暴力等の過小評価・責任転嫁:暴力の深刻度や女性の不安な気持ちを過小評価する、相手のせいにする、「お前が怒らせた」等
社会的隔離:仕事・社会活動を制限する、事細かく問う、会う相手の悪口を言ったり嫉妬心をむき出しにして女性の方から人に会うのを断念させる、行動制限の理由を愛情によると正当化する等
また、佐藤先生は、DVの理由は往々にして誤解されているとおっしゃり、「アルコールのせい、怒りが抑えられないせい、ストレスがたまっているせい、言葉で表現できないせい」等というのは間違いであると共に、DVが正当化される事由はないと指摘されます。DVが振るわれる理由は、加害者がジェンダーや人権に歪んだ価値観をもっていること、暴力を甘く見ていること、自分の感情が育っていないこと等だといい、実際の事案を通して実感されると言います。
そして、DV被害者は、何をしても無駄だと学習し、自分が無価値なものと洗脳される結果、本来その人に備わっていた筈の諸々の力が奪われます。また、時にPTSDにみられる症状に悩まされるといいます。
さらに佐藤先生は、DVは子供に深刻な影響を及ぼすことにつき、児童虐待防止法が、DVの目撃も心理的児童虐待に当たる旨定めていることを挙げて強調されました。人格の成長に不可欠な安全・安心・安定が決定的に不足すること、自尊感情が不十分な大人になること、加害者の価値観や行動を学習したり、被害者を見下したり、自分の安全との選択を迫られたりし、長期的に深刻な影響があるといい、現在の実務で監護者や親権者の判断においてDVが過小評価されているのではとの疑問も示しておられました。
そして、支援者に必要なことは、「それはDVで、あなたは被害者である。NOという権利がある。しかし、何事もあなたの決断を待ってから。一緒に考えていきましょう」というスタンスであり、「支援者が最善の方法を考えてあげる」のではないということです。この点は、松浦先生のお話にも出ていましたが、被害者の立場を理解して、無力化された被害者が自分自身の力に気づき、取戻していくことを支援する、回復の方向、スピード、方法を選択するのは被害者自身だということです。
佐藤先生には、時間の関係で全てをご説明いただくことができませんでしたが、大変詳しいレジュメをご用意いただいております。
4 研修を終えて
私自身も、DV事案を扱っていますが、今回の研修は、本質を言い当てて、よく整理していただいており、大変分かりやすい内容でした。
DV事案では、相手方への対応は勿論、情報管理や依頼案件以外の付随事務に神経や労力を使いますが、被害者の心が定まらなかったり、話にまとまりがなかったりして苦労することも少なくありません。そんな風に苦労して支援しても、加害者の下に戻ってしまう例も中にはあります。が、何度も躊躇して、ようやく踏み出せる一歩があります。私達弁護士は、「こんなことで相談していいのか」「私の話なんか聞いてもらえるのか」という不安のトンネルを抜けて、やっとたどり着いた「支援機関」です。その決意に敬意を払うと共に、もし本人が事態の打開を決意できなくても、望む時にはいつでも支援の手があることを知ってもらうことが大切です。また、DVの背景となる価値観につながる言動を不用意にしていないかどうかも注意しなければなりません。
また、DV事案は苦労も多いですが、両先生が述べておられたとおり、被害者自身が力を取り戻していく過程に立ち会うのは、感動を覚えますし、やりがいがあります。
DV被害者支援制度に登録していただくと否とにかかわらず、本研修を多くの会員に受講していただければ幸いです。