福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2012年10月号 月報
給費制維持緊急対策本部だより シンポジウム「岐路に立つ法曹養成~志望者激減の原因を探る~」に参加して
月報記事
会 員 羽田野節夫(33期)・市丸健太郎(63期)・髙木 士郎(64期)
1 はじめに
平成24年8月29日、仙台弁護士会館において開催されたシンポジウム「岐路に立つ法曹養成~志望者激減の原因を探る~」に参加して参りました。今回のシンポジウムは、給費制の問題だけでなく、法曹養成全般について、特に法科大学院の志望者が『激減』しているという事実について考えるという切り口から、問題点を整理し、幅広く意見の交換を行うことを目指すものでした。
これまでも給費制維持の活動などで先進的な取り組みを行ってきた仙台弁護士会が力を入れて開催しただけに、北は北海道から南は福岡まで全国各地から、弁護士だけではなく多くの市民の方も参加され、会場は大盛況でした。
2 法曹養成制度の現状について
まず、法曹養成制度の現状について客観的データに基づく報告がなされました。
その中で特に印象的だったのは、法科大学院入学のための適性試験の受験者数が、初年度(平成15年)の約5万人から本年度(平成24年)は約6,500人へと減少しているという事実でした(実に87%の減)。
また、社会人の入学者数も、平成16年度は2,792人であったのに対し、平成23年度では764人へと減少しているということでした。
これらのデータから見れば、法曹志望者がまさに激減していることは疑いようのない事実といえるでしょう。
3 法曹志望者の置かれている現状について
次に、大学生や法科大学院修了生といった、法曹となることを目指して勉強している人たちから、彼らが置かれている状況についての報告がなされました。
この中で最も衝撃的だったのは、小学生のころから弁護士となることを志して法学部に入学したものの、悩んだ末、弁護士となることをあきらめることにした大学3年生からの報告でした。この方が弁護士となることをあきらめた主な理由は、奨学金・貸与金など経済的な面での負担が重く、サラリーマン家庭で他に3人の姉妹がいることを考えると、その負担に耐えきれないというものでした。
これらの報告を聞いて、法曹を目指す人たちの中では、法曹という進路を選ぶことを躊躇せざるを得なくなるほど、法曹、特に弁護士について、将来性への不安が切実なものになっているのだということを強く感じました。
4 法曹養成制度に関する日弁連の見解について
日弁連給費制存続緊急対策本部本部長代行の新里宏二弁護士からは、裁判所法の改正をふまえ、日弁連は、(1)地域適正配置を前提とした法科大学院の統廃合と定員削減の具体化、(2)司法試験合格者をまずは1,500人とすること、(3)給費制の復活を含む修習生への経済的支援の実現、(4)法曹の活動領域拡大、などを求めていくことが示されました。
また、8月28日に始動した法曹養成検討会議に対して、修習制度は自己のスキルアップという以外にも多くの意義を有すること、弁護士になれば貸与金も返済は簡単という状況ではないことなどを踏まえて、働きかけを行っていくということも示されました。
5 パネルディスカッション
(1) 志望者減少の原因について
パネルディスカッションでは、まず、法科大学院専任教員である森山文昭弁護士から、志願者減少の原因として、(1)法曹の職としての魅力の低下、(2)法科大学院修了義務のもたらす経済的負担及び経済的負担を負った上での合格率の低迷がもたらす精神的負担、が考えられるのではないか、との分析がなされました。
また、歯科医であり、市民のための法律家を育てる会の共同代表である伊藤智恵氏からは、「成功は医科に学べ、失敗は歯科に学べ」、として、歯学部においては、定員の大幅な増加がもたらした歯科医師の経営難が顕在化した結果、歯学部志望者数が減少し、国家試験合格率の低下も相まってさらなる志望者の減少を招くという悪循環が生じているのに対し、医学部では、北米のメディカルスクールの養成制度を導入する、専門医制度を設けるなどの方策で、実務家となるまで及びなった後の教育・研修を充実させ、個々の能力のみならず、その職業的魅力をも高めることによって、志願者数を増加させることに成功しており、現在ではセンター試験受験者の約2割が医学部志望となっている、ということが報告されました。
これらの分析・報告を聞いて、法曹養成課程と医師養成課程を単純に比較はできませんが、それぞれが制度改革において念頭に置いていた出発点が違うことが、今日の結果を招いているのではないかと感じました。すなわち、医師養成の場合、メディカルスクールに学び、良き実務家としての医師を育てることを目標とし、そのためにはケーススタディなどの手厚い実践教育が必要であるとして、その実施のために受け入れ可能な医学部の定員はどれだけか、ということを考えながら定員の漸増を行ってきたということでしたが、一方、法曹養成の場合は、まず合格者を増やそう、というところから出発し、増えた合格者を教育するために、前期修習を担う法科大学院を設置し、そこで「法曹にとって必要な教育」を行おうとした、ということです。
また、法曹の「職としての魅力」が経済的にみて「低下」していることは現状からも明らかではありますが、法曹という職の魅力は経済的なものだけではないはずです。医師の場合よりもわかりにくい面はあるかもしれませんが、法曹という職の有する社会的責任や仕事のやりがいといった部分についての情報を、法曹を志す人たちにもっと積極的に発信しても良いのではないか、とも感じました。
(2) 日弁連の提案について
日弁連の提案について、森山弁護士及び宮城学院女子大学元学長の山形孝夫氏からは、法科大学院の統廃合といっても、大学の経営、文部科学省との関係などを考慮すれば現実的にはかなり難しいだろうという指摘がなされました。また、法科大学院という入り口の段階で志望者を絞りたいというのであれば、未修者の扱いが問題ではあるが、全国統一試験を実施するという方法も考えられる、との意見がありました。
また、司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会事務局長の菅井義夫氏からは、意思と能力があれば誰でも法曹を目指すことができる制度が望ましいこと、日弁連の今回の提言は、すでに破綻しかけている制度をそのままにするもの、すなわち、お金をかけただぶだぶの服を仕立て直すと価値が下がるから、そのままにして身体の方を合わせましょう、と言っているかのようだ、との厳しい意見がありました。
さらに、司法試験受験資格としての法科大学院修了義務づけについては、森山氏、菅井氏から廃止すべきとの明確な意見がありました。
給費制問題だけでなく、法曹養成制度のあり方については、日弁連においても様々な意見があります。ですので、日弁連の提言が、少々歯切れの悪いもの、もっと踏み込んでいえば、どのような改革・変化を目指しているのか判然としないもの、となるのもある意味やむを得ない部分があると思います。ただ、法曹養成会議は検討結果の報告を1年後には行うわけですから、長い時間をかけて議論をする暇はなく、走りながら考えなければなりません。そして、弁護士会からの声を法曹養成制度に反映させるためには、弁護士会の中でもっと集中的に議論を行い、問題点の集約と、一致できるところとできないところを明確にしておかなければならず、これができなければ、これまでと同じように外部の声に押し込まれることになってしまうでしょう。今回のシンポジウムでは、多くの解決すべき問題が存在することが改めて明らかになりましたが、その結果、法曹養成のあり方という問題について、早急に議論し意見集約をしていかなくてはならないことについてのコンセンサスが、参加者において醸成されることになったという点で非常に意義深いものであったと思います。また、日弁連の提言に対する市民の方からの厳しい意見もありましたが、それだけ、良き法曹をいかに育てるか、ということについては市民の方にとっても関心が高く重要な問題ということであり、私たち弁護士こそが、人権保障と社会正義の実現に資するような法曹養成のあり方について、一人一人がもっと危機意識を持って真剣に議論しなければならないのだということを実感することができました。
6 終わりに
今回のシンポジウムに参加して、給費制復活も含めた法曹養成制度のあり方について多くの意見があり、日弁連としてもその意見を、総論として、集約できているわけではないことをはっきりと知ることができました。また一方で、各論としては、一致できるものもあるのではないかとも感じました。
そこで、私たちが、一弁護士として今できること、すべきこととは、私たちの将来にも大きく影響することになる法曹養成制度のあり方について、どのような問題点が存在するのか、それについて個々の弁護士にはいかなる意見があるのか、その集約はどこまで可能なのか、といったことについて議論し整理しておくことではないかと考えます。
今後、福岡県弁護士会給費制維持緊急対策本部では、法曹養成制度検討会議において、給費制を復活させることが相当であるとの結論を導くべく、この1年間も、給費制の復活を強く訴えていく所存です。給費制と法曹養成制度のあり方は密接な関わりを有しているところ、給費制の復活を訴えていくには、法曹養成制度のあり方等も含めた広い観点からの訴えかけも必要になることを本シンポジウムにおいて強く再認識させられました。そこで、当対策本部においても、給費制の復活を世間に訴えていく上での前提として、当対策本部の守備範囲を超えない範囲で法曹養成制度のあり方全般についても検討を行い、その成果を今後の活動に活かしていきたいと考えています。
最後になりましたが、この様に収穫の多いシンポジウムに派遣していただきまして、誠にありがとうございました。