福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2012年9月号 月報

簡易算定表の研修を受講して

月報記事

両性の平等委員会 会 員 小 倉 知 子(49期)

6月19日養育費等の簡易算定表についての研修が行われました。講師は元久留米大学法科大学院法務研究科特任教授の松嶋道夫先生でした。松嶋先生は、平成24年3月3日日弁連のシンポジウム「子ども中心の婚姻費用・養育費への転換−簡易算定表の仕組みと問題点を検証する−」でパネリストとして参加されておられます。私は、大抵北九州の弁護士会館でライブ中継で受講しているのですが、この日は福岡で他の予定があったので県弁会館で受講することにしました。研修は申込段階でも定員いっぱいとなっており、(私は前の方に座っていて後ろの様子はよく分かりませんでしたが)大盛況であり、この問題に対して会員の関心の高さがうかがえました。

今回の研修は、家庭裁判所において「恒常的」に利用されている『養育費等の簡易算定表』の問題点を学ぶという目的で実施されました。この簡易算定表は判例タイムズ(1111号)に東京・大阪養育費等研究会というグループ(裁判官で構成)が発表したもので、『簡易迅速な養育費等の算定を目指して』という副題が付いています。

この算定表は平成15年に公表され、当時は簡単に養育費や婚姻費用の目安額が分かるということで大変便利なものと思われました。それまでは、相談者や依頼者から「養育費はいくらくらいですか」と質問されても、「父母の収入に応じて決まるので、いくらとは言えません」と応じるしかありませんでした。実際、養育費等を決めるときには、父母双方の収入に加えて、債務状況や教育費などについて調査官によって聴取調査が行われ、その上でどこまで養育費等に反映されるかが判断された上で、養育費等が決定されていました。そのため、相談者等から「だいたいでいいですから、金額を教えて下さい」と言われて非常に困った記憶があります。「自分の経験では、低い金額は子ども1人5,000円というのもあったし、高ければ15万円というのもあったから、収入によって大幅に変わるもので一概にいえない」「ただ基準という訳ではないけれども、調停で決められる金額としては2万から4万が多いように感じます」という程度の曖昧なことしか言えませんでした。しかし、簡易算定表が出てからは、一応「目安ですが」といいながら、表を提示して説明することができるようになり、便利になったものだと思いました。

ところが、だんだん簡易算定表が普及するにつれておかしなことになってきました。単なる目安だったものが「絶対的」な基準と変化し、調停などで算定表の基準とは異なる金額を要求すれば「算定表から外れている」とか「(異なる金額の)根拠を示せ」とか言われるようになってしまったのです。簡易算定表は、あくまでも「簡易迅速」を目的としたもので、「簡易迅速」に決める必要がなければ元に戻って、実態に即した計算をすべきなのです。ところが、次第に裁判所、弁護士が簡易算定表に縛られてしまうようになって本末転倒とも言える状況になってしまったのです。

私は、算定表に拘束されている状況がときに歯痒く、特に養育費が「安すぎる」という印象はあるものの、一体算定表のどこに問題があるのか、という部分はサッパリ分かりませんでした。それが、今回松嶋先生のお話を聞いて、(一部ですが)問題点が分かったように思います。というわけで、いくつか私の印象的な部分をご紹介したいと思います(松嶋先生のレジュメから引用)。

まず、算定表が不合理である典型的な例です。母(年収109万円)、父(年収600万円)が離婚し、母が子ども4人を育てている場合、算定表の計算からすれば、養育費は1人2万9,000円(4人合計11万6,000円)となります。一見養育費としては多いように思えます。ところが、父親は養育費を支払ったとしても、手元に年間460万8,000円残り、これが父一人の生活費となります(もちろん税金も含まれますが)。では母子はどうなるかというと、5人の生活費は248万2,000円(109万円+11万6,000円*12ヶ月)しかならないのです。父親は4人の子どもの生活に責任を負うべき立場にあるのに、一人で5人世帯の1.8倍の収入で暮らせるというのは、誰がどう考えても、不合理ではないでしょうか。

更に、子ども3人を、父(年収600万)が1人、母(年収109万)が2人と、それぞれ引き取って生活することになった場合でも、子ども同士に大きな生活格差が生じることになります。計算の紹介は省きますが、父親世帯の生活費525万3,300円、母子(子ども2人)世帯の生活費は183万4,700円となり、父子2人世帯の生活費は母子3人世帯の3倍ということになり、子ども同士の生活水準に極端な格差が生じます。同じ父母から生まれた子どもなのに、父母どちらと一緒に暮らすかによってこんなに格差が出来ていいのでしょうか。

しかも、これらの計算で重大な欠陥というべきものは、子どもの生活費を確定した上で、父母で負担割合を決めるため、母が一所懸命働いて、多くの収入を得たとしてもその恩恵を子どもは(生活費の増加という意味で)ほとんど受けられず、養育費負担額の減少という恩恵を父親が享受することになるのです。すなわち、子どものために頑張って収入を得ても、子どもの生活水準は変わらず、習い事が出来るなどの余裕には結びつかないのです。これは正当なのでしょうか。収入の増加は、そのまま子どもに還元すべきではないのでしょうか。

では、どうすればいいか。計算方法のどこを変えろというべきなのか。ここが一番弁護士にとって大事なところです。松嶋先生は、養育費制度として、子どもの成長・発達に必要な費用がいくらなのかを計算した上で(養育費の最低保障基準額)、この費用を父母で分担すべきだと言われています。そして、養育費について、養育費立替払制度(公的扶助)を導入すべきだと言われています。子どもの貧困化改善、子どもの生存権保障のためには国が責任を持つことが大事だと強調されておられます。なお、日弁連も20年前に養育費立替払制度を提起しています。そして、簡易算定表を前提とするならば、控除額(現在は60%程度が認められている)を減額させるしか方法はないと言われています。大きな控除が認められることによって、父は自分の生活が安泰(収入の6割は自分で使えるという保障になる)となり、母と生活している子どもは生活保護基準以下の生活を強いられることにもなるからです。

松嶋先生のレジュメには「便利だと利用している算定額には子どもの涙がこもっています」と一文がありました。10年間簡易算定表を批判しつづけてこられた先生の言葉には重みがあります。これからの時代を担う子どもたちの生存権を保障することは、社会の責任であり、弁護士の責務でもあります。今後、安易に算定表の金額を鵜呑みにせず、不合理な点を指摘しつづけていかなければならないとつくづく思いました。

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