福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2011年6月号 月報

精神保健当番弁護士活動報告

月報記事

会 員 坂 巻 道 生(62期)

1 はじめに
平成22年4月、精神保健相談の申込みを受け、出動しました。私にとっては、始めての精神保健当番の出動でした。バックアップについて下さったのは鬼塚恒先生です。始めてのことで要領の分からない私が何とか最後までたどり着けたのは、鬼塚先生の貴重なアドバイスがあってのことでした。鬼塚先生にはこの場を借りて御礼申し上げます。
2 自分の一生は自分で決める
相談者は65歳、統合失調症の診断を受け、医療保護入院として、既に12年ほどの入院期間が経過しており、今回は退院請求を希望しています。
始めて精神病院に足を踏み入れると、独特な匂いにも、閉鎖病棟の鍵を閉める音にも、反応してしまいます。相談者に会って驚いたのは、本人に病識は全くなかったことでした。「電波障害」を口にしながら、自分がなぜ入院しているのか、自分は病気ではない、と口にしています。
ただ、今回退院請求をする理由を尋ねた時、相談者はそれまで下に向けていた視線をわずかに上げ、静かに答えました。
「自分の人生は残り少なくなってきた。自分の一生は自分で決めたい」
相談者のこの言葉は、今回の活動の全体を通じて、私の脳裏から消えることはありませんでした。
3 何かあったとき、あなたに責任がとれるのですか?
面談を終え、相談者の保護者であるお兄さんに連絡を取りました。主に対応されたのはその奥さんです。奥さんは私に対してまくし立てました。「今まであの人のためにどれだけ苦労してきたか分かっているのですか」「娘の夫には身内に精神病患者がいることを隠している、出てきたらどうするのか」「大事な家族を守るためなら、あの人を殺して自分も自殺する」。現在の病状はとても落ち着いています、と申し向けても、言われたことは一言。「何かあったとき、あなたに責任がとれるのですか」。
保護者のご家族とは何度もお話しました。電話の奥で、夫婦間の諍いを聞き取る時もありました。私自身、この幸せな家族にとって、災いでしかないことを自覚しました。
保護者、主治医からは、退院請求を取りやめるよう言われましたが、請求は行うことにしました。請求の可否について見通しが立たなかったこともありますが、相談者の今後のためにも、退院を判断すべき人間は私でないと考えたからです。
保護者にも、その旨伝えました。私の「立場」は理解していただけたと思っています。
4 電波障害は止まりました
現地調査の期日、相談者は、「電波障害は止まりました」と言いました。私と話した際に、「電波障害」のことを絶えず口にしていただけに、私は驚きました。これが、本当に治まったのか、審判を有利に進めるために口にしたことなのか、私には今でも分かりません。
5 朝から寝込んでおります
退院請求の結果は「6か月を目処に他の入院形態(任意入院)への移行が適当である」。
早速、保護者の方に結果報告のために連絡をとりました。保護者の奥さんは「予想外...、ショックのあまり朝から寝込んでおります」と力なく話しました。
相談者に対し結果の説明のため、病院に行きました。病院に着くと、相談者はなにやら電話をしており、しばらく私は待合室で待っていました。電話が終わった後、電話の相手は誰ですかと尋ねました。相手は、保護者で、「今後は一切の縁を切る」と言われたそうです。私は、相談者に対して、かける言葉が見つかりませんでした。
6 その後
結果の通知から、6か月が経ち、私は担当のソーシャルワーカーの方に連絡を取り、相談者の現状を尋ねました。相談者は、現在、病院を退院し、グループホームにおり、保護者との関わりあいを少しでも持たせるため、保護者を説得しているとのことでした。
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