福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2010年6月 1日

裁判員裁判施行後1年を振り返って(談話)

ウォーク

2010年5月21日 裁判員本部長(会長)
市 丸 信 敏(35期)

昨年5月21日に裁判員裁判が施行されて1年が経過しました。 市民の皆様が刑事裁判に直接参加することによって、無罪推定などの刑事裁判の原則に忠実な「よりよい刑事裁判」が実現するとの観点から、当会は、司法への市民参加の意義を訴え続けてきました。

実際に、市民感覚が裁判に活かされていることは、判決の「量刑の理由」に現れています。従来は当然のように情状として斟酌されていた被害弁償の事実や被告人の年齢も、裁判員裁判では、なぜそれが量刑に影響するのかということが評議の場で議論され、裁判員の納得を得てはじめて量刑の理由として記載されているようです。このことによって、法律専門家にとって当たり前だった事実の評価、すなわち法律専門家の常識が、本当に常識といえるのかが、問い直されつつあります。

また、裁判員にとっては、裁判員裁判はおそらく一生に一度の体験です。実際の事件で、裁判員は、長い審理時間、集中し、真摯に裁判に参加していたと報告されています。裁判員のその集中力や、審理に対する意識の高さは、審理に緊張感を与えます。このことが、法律専門家の、ひとつひとつの裁判に対する意識を高め、内容の充実をもたらすことが期待されます。

一方、裁判員の負担軽減の要請の許に、審理時間の短縮、法廷に顕出する証拠の制限が強調されすぎているのではないか、という懸念が、実際に裁判員裁判を担当した弁護人から示されています。確かに、長時間の審理は、裁判員の負担となるでしょう。しかし、それを避けるために被告人の防御権を侵害するようなことになっては本末転倒です。また、判断に必要な証拠が不足している状態で、被告人の有罪、無罪や量刑について評議することは、むしろ裁判員にとって心理的な負担となり、かつ、評議に要する時間の負担も増す可能性があります。内容の充実した審理こそ、刑事裁判の本来あるべき姿であり、裁判員裁判の目指すところでもあります。当会としては、裁判員裁判において本当に充実した審理がなされているかを検証し、改善に努めていきたいと思います。

被告人の権利を擁護し、充実した審理を実現するために、弁護人の役割が重要であることは言うまでもありません。検察庁が裁判員裁判に組織的に対応し、その公判に複数の検察官が立会っていることに鑑みても、複数弁護人体制が必要不可欠です。この間、当会では、被告人国選事件ではほぼ全件で複数弁護人体制を実現して来たところであり、今後もこの方針を継続し、そのためのサポート体制も拡充強化する予定です。

ただし、充実した審理を実現するためには、起訴される前の被疑者段階から弁護人が複数選任されることが必要不可欠です。しかし、刑事訴訟法上の障害等もあって、被疑者国選段階での複数弁護人は例外に止まっています。当会は、これまでも裁判所に被疑者段階での複数選任を要請して来ましたが、今後も積極的に求めていきます。 なお、当会は部会制をとっており福岡地裁久留米支部管轄地域には筑後部会、同飯塚支部管轄地域には飯塚部会があります。現在は、これらの支部管轄地区内で発生した裁判員裁判対象事件は、全て福岡地裁本庁に起訴されることになります。当会は、そのような事件については、やむを得ず、上記各部会と福岡部会が協力して弁護人を選任していますが、弁護人相互間や被告人との打ち合わせなどでの支障があることは否めません。また、筑後、筑豊地域の方が、裁判員候補者として福岡地裁本庁に呼出を受けている現状があります。これらの支部においても裁判員裁判が実施されるよう、裁判所の支部体制の整備を含めて、裁判所に要請していきたいと考えます。

さらに、未だに実現していない重大な課題として、自白偏重主義の撤廃、取調べの可視化(取調べの全過程の録音・録画)があります。志布志事件や足利事件などの冤罪事件では、捜査機関が虚偽の自白調書を作成していたことが明らかになっています。虚偽の自白調書により、市民が誤った判断をしないためにも、取調べの可視化が是非とも必要です。 当会は、被疑者・被告人の権利が十分保障された適正な刑事手続の実現を目指し、これらの課題の実現に引き続き全力を尽くします。

本年度は、いよいよ否認事件や極刑求刑事件などの重大・困難事件が次々と審理にかかることが想定され、裁判員裁判の定着をはかる上での正念場を迎えます。 当会では、さらなるノウハウの蓄積、経験交流を通じて会員の弁護技術を研鑽するとともに、弁護人アンケート、市民モニター、弁護士モニター等の情報の分析、裁判員裁判検証運営協議会での議論等々を通じてその運用改善に努め、また、施行3年後の見直しに向けての取り組みを持続していく所存です。

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