福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2010年4月号 月報

シリーズ ―私の一冊― ハードボイルドはいかが…藤原伊織「ひまわりの祝祭」講談社

月報記事

会員 匿 名 希 望(40期)

匿名希望の私、シリーズ2回目の登場である。 「趣味は読書」と言えば、「どんなものを読むか?」と問われる。ふと、回答に戸惑わないか。それは回答者の嗜好、知性に結びつけて考えられてしまうことになりかねないからである。もちろん匿名希望の私に戸惑いなどあるはずもなく、推理もの、中でもハードボイルドが好きだ。主人公はスーパー・ハードに強くなくてはならない。必ず理不尽な窮地に追い込まれ、脇の重要人物は死んでしまう。ただ、主人公自体は決して殺されることがなく、最後には必ず大どんでん返しで切り抜けてみせるのである。小気味の良い展開で謎解きがなされ、読者をして、読んで良かったと唸らせることができなければ不作である。ちなみに村上春樹のベストセラー1Q84は、ラスト付近まではわくわくしながら読み進んだが、作者自身ストーリーに収拾がつかなくなってしまったのか、読者である私が読解力に乏しかったのか、読後完全な消化不良になってしまった。有り体に言えば、つまらんかった。

調べてみた。ハードボイルドは、現に探偵をしていたダシール・ハメット(1922年デビュー、34年引退)と並んでレイモンド・チャンドラー(33年デビュー、59年没)が黎明期とされている。村上春樹は、最近になってチャンドラーの長編「ロング・グットバイ」、「さよなら愛しい人」の2編を新訳している。ハリウッド脚本家としての一面を持つチャンドラーが、その作家生活の中で残した長編はわずか7作品しかなく、いずれも私立探偵フィリップ・マーロウが登場する。7冊全部読んでみた。なかなかのものだった。オススメに値する。ただ、翻訳ものは訳者のフィルターによる新たな創作になるため、原文とは味わいが異なっているのではないか、また単純に訳本は読みづらい、と思う。それで、英文を読解できない私や読者の皆様には、原文和書がいい。昔は、大藪春彦とか落合信彦、北方謙三もよかったが、このごろは、藤原伊織、大沢在昌、東直己、樋口明雄、福井晴敏などが好きで、新刊のハードカバーで全部読んでいる。

ご紹介するのは、藤原伊織の「ひまわりの祝祭」(四六版426頁)である。あの「テロリストのパラソル」発表後の次作第一弾である。読んだのは10年も前なのでざっと再読してみたが、やはり一気に楽しめた。謎の自殺により妻英子を亡くし、そのショックで世を捨て無為徒食生活にあった秋山(40歳)のもとに妻に似た麻里という若い女が現れる。秋山は無精子症だったが、自殺した英子は妊娠しておりこれを隠していた。英子は美術館の学芸員でファン・ゴッホに深い関心を抱いていた。ところで、史実では、ファン・ゴッホ(1853~90自殺死)の名作「ひまわり」は全部で12枚画かれている。うち1枚は安田火災が1987年に約58億円でオークションで落札したことで有名であるが、12枚のうち7枚が、彼の芸術的ピークとされた南仏アルルでの2年半の間の作とされている。本作品は、アルルでの8枚目の「ひまわり」が存在し、しかもそれが日本にあるということがベースになっている。秋山は、麻里の登場を機に、時価数十億とされる「ひまわり」の探索・争奪をめぐる欲望と抗争に巻き込まれていく。なぜ英子は自殺したのか?「ひまわり」は本当にあるのか?その鍵は、秋山と英子との記憶の中にあるという。ヤクザ、闇の大物、大企業が「ひまわり」の争奪をめぐる攻防を展開する美術ミステリーとなっている。

以下本文より。「数十億?」「ひょっとしたら百億を超えるかもしれない」「見つかった。ようやく私はたどりついた。ひまわり。アルルの8枚目のひまわり。」「もし、それが事実なら世界の美術界が震撼する。伝説が修正される。神話がもう一つ誕生することになる。」

なお、著者は48年大阪生まれ、73年東大卒。電通に在籍して77年デビュー。85年「ダックスフントのワープ」ですばる文学賞受賞。95年「テロリストのパラソル」で江戸川乱歩賞受賞、翌96年の直木賞の史上初のダブル受賞。相当の酒豪で知られていたが、07年7月食道癌で逝去している。享年59歳。

本作品は講談社から文庫化されており、ミステリー、ハードボイルド好きの方にはイチオシの作品である(了)。

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