福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2010年3月号 月報
~法教育シンポジウム(in 仙台)に行って参りました!!~
月報記事
会 員 春 田 久美子(48期)
1 会員の皆様、“法教育”ってご存じですか? 県弁の数ある委員会の中でも、出来てからの年月がまだまだ若い、新しい分野のお話しです。
平成22年1月30(土)、杜の都~仙台で、法務省が主催するシンポジウムが開かれたので行って参りました。サブタイトルは、“未来を拓く法教育inせんだい”。
2 法務省大臣官房司法法制部長の方の挨拶を皮切りに、・基調講演として、東京大学法学部教授の大村敦志氏のお話は「法教育と市民教育‐共通点と相違点」。 フランスの子供たちは、友達同士の会話で『セパ ジュスト!』(ずるいよ!正しくないよ!‐あるべきルールに従ってないよ、という意味)というフレーズがよく出てくるようです。背景として、フランスでは、絵本で以てjusticeの概念を学び、いかにして裁判が公平なものになりうるか、を自然と学べるようなのです。そして、中学では議論の仕方を学び、高校では現行制度を歴史や外国の類似の制度と比較しながら学習し、そうやって『市民』が出来上がっていくそうです。
3 次は・学校現場における実践報告として、宮城教育大学附属小学校の教頭先生の発表です。教頭先生自ら(キメキメ王国の)王様に扮し(冠や髭、マントの着ぐるみ)、もしもテレビのチャンネルが一つだけ、新聞も一種類のみ、インターネットも王様が許可した内容しか流せない、という具合になったらどうする?というバーチャルな国のお話。子供たちの授業の様子がスクリーンに上映されます。
4 休憩をはさみ、いよいよメインのパネルディスカッション。「新時代の法教育~学校現場で期待される法教育とは~」とのお題で、コーディネーターは、仙台家・地裁の大谷太裁判官、パネリストは、上記大村教授、文部科学省教科調査官の大倉泰裕氏、仙台弁護士会から神坪浩喜弁護士、島田仁郎前最高裁長官、宮城教育大学の松岡尚敏教授、そして、芸能リポーターとして著名な東海林のり子氏の6名です。
・島田氏は、そもそも法教育が、どういうところから出てきたものか、裁判員裁判を生み出した司法制度改革の話に遡って、語られました。将来裁判員になったときにも対応できるよう、犯罪が起きないような世の中にしていくために、法教育は大切だ、というお立場。・大倉氏は、平成18年に教育基本法が改正され、今後、法教育がますます盛んになるはずだ、と予測されました。今、学校現場で☆★教育と付くものは何と130を超えるそう・・・(学校の先生も忙しいはずです)。・大村氏は、法教育の実践者として実務家・プロが関与していくことが大切と力説されました。・松岡氏は、教育者らしく、何事も、小さなうちから教える事が大切、大人になってからではあまり意味がない、と仰る一方で、今後は、大人も子供から学び取るようなシステムが必要ではないかと。心に残ったのは・神坪弁護士と・東海林氏のお話でした。神坪弁護士が熱く語られたのは、自己肯定感を植え付けてあげることの大切さ。ご自分が小学生だったころの担任の先生との暖かな交流が根っこになって、今の自分がある、幸せに他人と(暖かく)つながっていけるような生き方を授ける方法として法教育というものを考えてよいのでは、というご提案でした。東海林氏は、長年、芸能リポートの仕事をされ、たくさんの人にインタビューするうちに、今では、子供と言うよりお母さん達にこそ、法教育をする必要性を強く感じる時代になった、と仰っていました。
5 会場からは、質疑応答も出て、夜は、日弁連や東北弁連の法教育担当の先生方と仙台の地酒でほろ酔い気分になり、翌日は、仙台弁護士会会館での委員会等に出席して福岡に帰って参りました。
6 福岡でも、法教育のネットワークや弁護士会の受け皿としての法教育センターを近々立ち上げる予定です。今後の新しい活動についても、適宜ご紹介していくつもりです。
◆憲法リレーエッセイ◆
憲法リレーエッセイ
会 員 小 川 威 亜(53期)
私の修習期は53期で、2000年10月に弁護士登録しました。
その約1年半後の2002年から昨年2009年まで、北九州市において、「北九州憲法集会」なる集会を憲法記念日に(時にはその前後に)事務局長として開催してきました。 憲法に関する集会は、大きく分けて改憲派の集会と護憲派の集会があると思いますが、私が開催してきた集会は護憲派の集会です。 これまで8回の憲法集会を事務局長として開催してきて、強く感じたのは、憲法を護るという活動には終わりがないということです。 現に存在するものを守っていくという活動が、客体が存在する限り終わりがないことは、考えてみれば当たり前のことなのですが、頭で判っているのと実際にやってみるのでは大違いで、集会の準備をしていると(護憲派の私から見れば)、「何で、そんな違憲なことばかりやるんだ!」と言いたくなるような政治家の言動がとても目につきますし、そんな政治家が総理大臣になったり、改憲を政策目標に掲げたりしますから、憲法を護る活動の終わりのなさを本当に痛感します。
しかも、憲法記念日は、ゴールデンウィークの一部ですから、私にとっての連休はいつも5月4日からです。
この活動に終わりがないということと、連休が削られるということは、憲法集会を裏方として支えるメンバーにも大きな影響を与えます。同じ様な内容の集会をやっていては、新鮮みが無くなり面白くないし、当日参加してくれる人も少なくなります。その結果、裏方のモチベーションも低下するということで、2002年の段階で一緒に活動を始めた三役のうち、2009年まで残っていたのは、私1人でした。
もちろん、三役で残ったのが私だけというだけで、当初からメンバー何人か残っていますし、新しく参加してくれたメンバーもいます。短気で、すぐに愚痴を言う私を支えてくれたこれらのメンバーにはとても感謝しています。
憲法が最高法規として存在するにもかかわらず、憲法問題は社会に沢山ありますので、集会のテーマとする事柄には困りません。しかし、所詮素人の集まりに過ぎない私達で、人を呼べるだけの集会を形作るのは、なかなか大変な作業です。
毎年四苦八苦して、ハンセン病問題や、イラク派兵問題、派遣切り問題などをテーマに据え、講演形式にしたり素人で劇を行ったりと演出を変えて集会を行ってきましたが、やはり実質的なトップである事務局長が同じでは、マンネリ化は避けられません。そこで、今年の集会から事務局長を後輩弁護士に交代してもらい、私は平メンバーとなって準備に参加しています。
平メンバーになると、とたんに準備活動への参加頻度が鈍ってしまい、新事務局長には申し訳なく思っています。このエッセイ担当を機に、心を入れ替えて頑張って参加していこうと考えています。
事務局長の交代により多少の若返りを果たすことが出来ましたが、やはり事務局長の個人的頑張りに支えられた集会では、組織的な活動とはいえません。また、集会当日に参加して下さる参加者の多くが50歳代から60歳代で、20歳代や30歳代の参加者数が下手をすると70歳代よりも少ないという、憲法を護る運動に共通する大きな問題に対応する必要もあります。
そこで、数年前頃から始めたことですが、大学生が主体となった集会運営を確立することを目論んでいます。
集会に参加してもらうことで、憲法についてより関心を持ってもらうことができますし、活動を後輩に引き継いでもらうことで、新陳代謝が確立されます。何より、弁護士が作る理屈っぽい集会が若者の目線からの集会に代わっていきます。
加えて、主催者側で参加した学生の友人達が、当日、観客側として参加してくれるという効果も期待できます。
この目論見の最大の問題は、今時の大学生の扱い方を、私や新事務局長がいまいち判っていないという点です。会議をすっぽかされたり、しばらく連絡が途絶えたりすることがままあり、頭を抱えることも少なくありません。修習生ですら扱いに苦労する位ですし、自分自身が大学生だった頃のことを考えると致し方ないことでしょうね。
まだまだ、大学生主体の憲法集会を確立することは出来ていませんが、何とか新事務局長の次の事務局長には大学生を引き込みたいと頑張っています。
「いつまでもあると思うな親と金」という諺がありますが、これは現憲法にも当てはまると思います。なくなってからでは遅すぎます。これを読まれた北九州の護憲派の皆様、是非ともご協力とご参加をお願いいたします。