福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2006年5月号 月報
当番弁護士日誌
月報記事
会員 中野 俊徳
1 事案の概要
昨年12月、現住建造物等放火罪の被疑者弁護において、不起訴処分(嫌疑不十分)との結果を得ましたので、報告します。
まず、事案の内容につきましては、ごく概要に留めさせていただきますと、被疑者が自宅(借家)でうっかり火事を起こした後、いったんは消火活動を行ったが、火を消すことができなかったという事案です。
そして、被疑者がその2日後、自ら警察署に出頭したところ、火事を起こした後に放置したとの不作為の放火(現住建造物等放火)の被疑事実で逮捕されました。
2 毎日の面会
逮捕が新聞で報道されたことを受けて、逮捕の翌々日には、美奈川先生が弁護士会派遣の当番弁護士として面会しました。
そして、被疑者が作為の放火の容疑で取調べを受けており否認事件となることから、美奈川先生が弁護人となられましたが、地元の私にも声をかけていただき、私も弁護人となって2名での弁護活動になりました。
弁護活動の内容は、連日の面会を行い、作為の放火を認めた虚偽の内容の自白調書を被疑者が取られないように精神的にサポートすることが中心でした。
そこで美奈川弁護士と私とで分担して、20日の勾留期間のうち最終日を除く19日間、毎日面会を行い、お互いの接見メモをファックスでやり取りしました。
被疑者も最初のうちは顔色も良かったのですが、連日の取調べを受けて、時々気弱な発言をすることもありました。
しかし、被疑者は、一度嘘を言ってしまえば、嘘を説明するために次々に嘘を重ねてしまうことになる、だから自分は嘘を言わない、と自分自身に言い聞かせ続け、最後まで虚偽の自白はしませんでした。
なお、被疑者には被疑者ノートを差し入れていましたが、被疑者が毎日の取調べの内容をこまめに書き込み、面会時にも被疑者ノートを持参して、前日に書いた内容を参照しながら話をしてくれましたので、私達弁護人も取調べの内容を比較的詳しく把握することができました。
面会の他の弁護活動としては、火事の発生時に同じ屋内にいた被疑者の知人に火事の発生前後の話を聞いたり、火事の発生現場を実際に見に行ったりもしました。
一方、警察の捜査は取調べの他に、勾留4日目にポリグラフ検査を行い、勾留19日目には警察署の道場で火事発生時の動きの再現写真を撮り、また消防局で火事発生現場を再現した火災実験を行いましたが、被疑者が火事を故意に起こしたという証拠や被疑者が火事を放置して逃げたという証拠は得ることができていないようでした。
3 勾留満期直前の出来事
この勾留19日目には、弁護活動でヒヤリとしたことがありました。
この日、私が面会を申込み、面会室でこれまでの接見メモを読み返しながら被疑者が来るのを待っていたところ、気づいたら10分経っても被疑者が来ません。
そこで、文句を言おうと思ったところに被疑者が面会室に入ってきたのですが、ナント、火災実験についての調書を作成していて、被疑者が調書の一部の表現に対して訂正を求めていたところ、取調官がニュアンスの違いだと言って応じず、その取調官は私が面会室にいることを知りながら調書の作成を優先し、調書に半ば強引に被疑者の署名指印を取ったというのです。
被疑者の話によれば、取られた調書自体は被疑者にそれほど不利な内容ではありませんでしたが、このような取調官の態度を放置しておくわけにもいきません。
そこで私は事務所に帰ってすぐ、厳重抗議の文書を地検の支部長宛にファックスしました(美奈川先生には事後報告です)。
今考えますと、ファックスするよりは、すぐに取調官のところに行き、直接抗議をしたほうが良かったのかもしれないと反省しています。
しかし、このときは、これまでの経験上、警察官にいくら抗議しても暖簾に腕押しといった状態でむなしい気持ちになることが多かったので、ついついファックスでの抗議に留めてしまったというのが正直なところです。
4 処分保留で釈放
私が被疑者の話を聞く限り、警察は作為の放火の決定的な証拠は掴んでいないように感じていましたし、不作為の放火で構成するにしても、消火活動をせずに放置して逃げたという証拠も無いように感じていました。
ですから、私としては、勾留期間の満期が近づくにつれ、これは起訴されずに釈放されるのではないかとの希望的観測を持つようになっていました。
しかし、その一方で、警察が勾留19日目にわざわざ火災実験等までしていましたので、もしかしたら、警察が決定的な証拠を隠し持っているのかもしれないという、漠然とした不安も持っていましたし、現住建造物等放火罪という重罪の否認事件ですから、もしかしたら公判前整理手続を経験することになるのではないかとすら思っていました。
そこで、勾留20日目の午前、検察庁に起訴の予定について尋ねたところ、被疑者を昼過ぎに処分保留で釈放するとの回答が返ってきたのです。
処分保留というところに一抹の不安は感じましたが、とりあえず、ほっとした気持ちでした。
5 釈放後の出来事
被疑者が釈放されて3日後、被疑者から電話があり、何事かと思って被疑者の話を聞くと、取調官に呼ばれたので、同行して欲しいというのです。
そこで私が取調官に電話して確認したところでは、押収していた被疑者の靴等を返還するためだということでした。
しかし、処分保留の状態だということもあり、被疑者はとてもナーバスになっていて、私が同行しなければ怖くて警察署に行けないと強く言うので、私は警察署に同行して、押収物の返還手続に立会いました。
その帰り道、被疑者が「先生が同行していなければ、警察は自分を再逮捕していたかもしれない」と言っているのを聞き、私の想像以上に逮捕勾留の精神的負担が被疑者にはあったのだろうなあと感じました。
そして、被疑者が釈放されて9日後、私が検察庁に処分を確認したところ、嫌疑不十分で不起訴処分とするとの回答でした。
早速被疑者に電話で連絡すると、とても弾んだ声で「ありがとうございました」とのお礼の言葉が返ってきました。
6 感想
今回は、逮捕勾留の被疑事実が不作為の放火でありながら、取調べでは一貫して作為の放火ではなかったのかという点が追及されていました。
それで、私としては、捜査機関の真意を探る意味で、勾留理由開示請求が頭をよぎることがありましたが、結果としては、主に連日の面会しかできませんでした。
しかし、振り返って思うに、この連日の面会が無ければ、接見禁止が付いていた被疑者を孤独にしてしまい、あるいは虚偽の自白をしていた可能性もあります。
ですから、私にとって今回の弁護活動は、弁護活動における面会の重要性を再認識する良い機会となりました。
その意味で、私に声をかけて下さり弁護団を組んで下さった美奈川先生と、弁護人2名の被疑者弁護援助を認めていただいた法律扶助協会福岡県支部に感謝しています。
また、被疑者ノートのおかげで、面会時に取調べの内容をより正確により詳しく把握することができたと思います。
ですから、否認の被疑者弁護には被疑者ノートを差し入れることが重要であることも再認識できましたし、皆様にも被疑者ノートの差入れをお勧めいたします。