福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2005年8月号 月報

刑事模擬裁判奮闘記

月報記事

山 内 良 輝

一 苦労の始まり

「ちょっと模擬裁判の弁護人役をやってくれないかな」

古屋勇一刑弁委員長のお誘いの電話を二つ返事で引き受けたことが苦労の始まりでした。「ちょっと」とか「簡単だから」などという前置きのあるお誘いこそ要注意と承知していたはずなのに。

二 刑事模擬裁判とは?

昨年、刑事訴訟に関する二つの大きな制度改革が行われました。一つは、いわゆる「裁判員法」の成立であり、平成二一年五月までに裁判員制度が施行されることになりました。もう一つは、刑訴法の改正により、裁判員裁判を円滑に実施するための公判前整理手続が新たに導入され、本年一一月一日に施行されることになりました。

刑事模擬裁判は、裁判員制度に先行して始まる公判前整理手続に焦点を当て、法曹三者が模擬裁判の形式により起訴から判決までの一連の手続を実験的に行ってみて、制度の具体的なイメージを共有し、発生しうる問題点を洗い出そうとする試みです。

従前の証拠開示の実務は、昭和四四年の最高裁判決により、証拠調べの段階に入った後に、厳格な要件の下に裁判所の訴訟指揮権の発動として認められるだけでしたが、公判前整理手続では、検察官が請求を予定する証拠以外の証拠についても、証拠調べ前に、弁護人が一定の要件の下でその開示を請求する権利が認められました。

我が弁護団(団長は不肖当職、団員は平岩みゆき会員と五十川伸会員、被告人役は東拓治会員)は、証拠開示請求権を駆使して刑事弁護の新境地を切り開く意気込みで、裁判所(裁判長は川口宰護上席裁事)と検察官(主任は矢吹雄太郎総務部長)が待ち受ける公判前整理手続に臨んだのでした。

三 なぜ弁護団は押されてしまったのか?

事件は、被告人と被害者が飲酒の上、些細なことから喧嘩となり、被告人が包丁を持ち出して被害者を刺突して傷害を負わせたが、被告人は殺意を否認しているという設定です。

第一回公判前整理手続(六月一三日)では、(1)検察官が裁判所と弁護人に証明予定事実陳述書を提出し、(2)検察官が裁判所に証拠を請求し、(3)検察官が弁護人の請求に応じて証拠を開示し、(4)弁護人が裁判所と検察官に事実上・法律上の主張を明示するなどの手続が行われました。

第二回公判前整理手続(六月二八日)では、被告人が従前の供述を翻し、「実は私に犯行を唆した黒幕がいる」と告白するというハプニングがあったことから、弁護人が主張を変更するなどの手続が行われました。

これら二回の手続を通じて、我が弁護団は検察官に押されてしまいました。その一因は、主任検察官の勢いにもあったのですが、より本質的な原因として、今回の模擬裁判では証人尋問を被害者一名と目撃者一名に限るという前提があったため、弁護団が当初は不同意を幅広く主張したものの、結局は不同意を順次撤回していったという展開にありました。これは、弁護人として証人尋問を要すると考えた証拠については不同意を貫徹し、あくまで証人尋問を要求する姿勢を徹底しないと、本番の公判前整理手続でも検察官に押されてしまうという今後の教訓になることでした。

四 裁判所に見られた変化の兆し

第三回公判前整理手続(七月一四日)では、新しい動きが裁判所に見られました。それは、裁判所が(1)凶器の写真撮影報告書、(2)被告人の犯行再現報告書、(3)被告人の古い判決書について、「裁判員に不当な予断を与えるおそれがある」という理由から検察官の請求を却下したことです。従来の実務であれば、刑訴法三二一条三項、三二三条一号により容易に採用されていた証拠ですが、裁判所の中にも、裁判員裁判を見据えた新しい動きが出てきたようです。

五 最後に

実は第一回と第二回の模擬裁判が終わった後、会員数名に意見を聞いてみたのですが、「こんな難しい手続なら、自分はやりたくない」という声が大多数でした。しかし、第三回の模擬裁判を終えてみて、直接主義・公判中心主義に向けた土俵作りを整備するための新しい息吹も感じられました。

次回の模擬裁判(九月二七日午前九時から午後五時)では、冒頭手続、証人尋問、被告人質問、論告弁論、判決宣告まで行われます。会員の傍聴をお待ちしております。

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