福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2005年7月号 月報
当番弁護士日誌 〜初めての否認事件
月報記事
溝口 史子
一 出会い
登録して二度目の当番出動日、被疑者から、「拘置所で受刑待ちをしていたら、逮捕されました。でも全く心当たりがないんです。」と言われた。罪名は住居侵入・窃盗。逮捕の決め手は被害者宅に残された被疑者の指紋だという。これを聞いて、私は正直なところ、「指紋と前科があるのならやってるんじゃないの?」と考えた。
しかし、話を聞くうちに、被疑者が被害者宅を頻繁に訪れていたこと、一年近く前の事件で証拠関係が薄そうなことがわかってきた。また、被疑者の「今まで悪いことをしたらきちんと罰を受けてきた。でもこれだけは絶対やってない。」という言葉を聞いていると、「この人を信じてみよう。たったこれだけの証拠で起訴されるのもおかしい。」という気持ちになった。私は、この事件を受任した。
二 ひと勾留め〜手探りの日々
- 受任して実感したのは、手元に資料がないことの大変さだった。何から手を付ければいいのか分からなかった。
事件の空気を掴むため、私は、検事に電話や面談で話を聞いたり、令状裁判官と面談したりして、検事の心証や、重要な客観的証拠の有無などを探った。
- こうした情報をもとに、被疑者からまめに事情を聴取すると共に、捜査状況を知らせた。被疑者の性格上自白のおそれは乏しかったが、彼がしゃべりすぎて揚げ足をとられるのは怖かった。そのため、必要以上話すなと口を酸っぱくして伝えた。
三 ふた勾留目から処分決定まで
- 検事との電話で、現場に残された足跡を調べていることや、被害感情が強い事件なので「検審」を考えると捜査を尽くしたいとの話を聞けた。検事とは何度も話をしていたので、検事が不起訴を視野に入れて捜査していることがニュアンスで伝わってきた。
- 同じ頃、被疑者の内妻と連絡がとれた。彼女は被疑者の行動を毎日日記に書いているとのことだったので、当時の日記帳を持って来るようお願いしたが、タッチの差で警察に彼女の身柄をとられてしまった。横取りをされたようで悔しかったため、警察で、取調中の彼女を呼び出して彼女の供述内容を確認した。彼女の供述は被疑者に有利なものであったため、そのまま調書化してもらった。
- 接見の際、被疑者がポリグラフ検査を受けたことを知った。私は、ポリグラフ検査の正確性に不安を持っていたが、「これで無実が証明される」と自信満々の被疑者にはそのことを言えなかった。後に検事から、被疑者が心臓疾患を持っているため、検査結果を証拠として使う予定はないとの説明を受けたが、それならなぜ被疑者に検査を受けさせたのか、不明である。\n
- GWに、検事から、被疑者を処分保留で釈放し、近々不起訴にするという連絡をもらった。被疑者は、検事から「君を信じる。」と言われたらしい。検事の話から、何とかなるのではないかと思っていたものの、心底ほっとした。
四 雑感
後日、拘置所の被疑者から丁寧な手紙が届いた。「自分を信じて弁護してくれたことが本当にうれしかった。責任を果たしたら、今度こそきちんと生きていこうと思う。」との内容だった。GWが潰れた不満も疲れも吹き飛んだ。 未熟な弁護活動だったし、検事が比較的冷静だったので、私が介入しなくとも結論は変わらなかったかもしれない。しかし、今回のプロセスが被疑者の心に変化をもたらしたのなら、弁護士冥利に尽きる。登録して半年、自分の弁護活動を少し誇りに思えた事件だった。