福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2005年7月号 月報
英国便りNo.2 イギリス賃貸契約体験記(2003年9月14日記)
月報記事
松井 仁
刑弁委員会の皆様、松井です。
今回は、英国で体験した賃貸契約の実務をご紹介したいと思います。
7月末に無事ビザをもらって英国入国を果した後、私たちは仮住まいの大学寮に入りました(夏休みで学生がいなくなったところを旅行者に提供しているのです)。ところが、二人部屋といいながら、日本でいう8畳くらいしかないワンルームで、シャワー室も海の家のような粗末なもので、あまりにも侘しいのです。
当初私は、留学費用節約のため、9月からの寮の手配を大学に申し込んでいたのですが、せっかく長年の夢を実現して留学したのに、侘しい生活は嫌だと思って、急遽キャンセルし、民間の賃貸住宅を探すことにしました。
とはいうものの、現地の不動産屋と英語でやりとりするだけの勇気はなく、(多少悔しい思いをしつつ)日系の不動産屋に日本語で申込をし、紹介された物件のなかから選びました。日系といっても、英国賃貸協会に加入している業者だったので、契約書等は英国の法律にもとづいて英語で作成されています。条項は日本の一般的契約書に比べれば詳細で、賃借人の義務も細かく書かれています。
最も異なっているのは、1年を期間とする契約でも、開始後4ヶ月たてば、賃貸人、賃借人ともに、2ヶ月前の告知により契約を自由に解約することができることです。つまり、賃貸人からの解約に、日本のような正当事由はいらないことになっているわけです。念のため法律にもあたってみると「Housing Act」という法律の、「Assured Shorthold Tenancies」の項に、上記のような規定がありました。つまり特別な短期賃貸借のようなものですね。
Deposit(敷金)は家賃の1か月分のみ、不動産屋の手数料は約50ポンド(約1万円)と、日本より良心的です。
もうひとつ、日本にはない手続として「Inventry Check」(財産目録調査)というものがあります。これは、入居前に、賃貸人と賃借人立会いのもと、公平な第三者たる「Inventry Clerk」という人が、対象物件の状態や家財の内容について、くまなく調査し、一覧表をつくるというものです。これは、家具付きの物件が多くを占めるという英国において、退去時の紛争防止を目的としたものです。例えば、「ワイングラス5つ」と目録に書かれていて、退去時に4つしかなければ、賃借人は1つ割ったものと推定され、弁償(敷金からの差引)をさせられるわけです。
ですから、私たちも、Inventry Check のときは、気合を入れて、「ここに傷がありますので記録しておいてください」などと指摘しました。日本では、レンタカーを借りるときに事前に傷の状態をチェックすることはありますが、賃貸借契約では、普通、Inventry Check のようなものはありません。これは、家具つきの物件がほとんどないことや、退去時に畳や襖や壁紙など、全部張り替える習慣があるので、チェックする意味がないからだろうと思います。
しかし、日本も近時、通常損耗は賃貸人の負担という判例が多数出ています。とすると、退去時に、壁の汚れが通常損耗なのか過失による汚損なのかというような争いが増えるでしょう。そうなってくると、紛争防止のために、入居時にInventry Check を行う必要が出てくるかも知れませんね。