福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2004年3月 1日
犯罪被害者対策
ウォーク
被害者は何をなしうるのか
「N君、被害者がなしうる法的対策のフローチャート出来た?〆切はとっくに過ぎたけど。」
「難しいですよ編集長。被害者が法的対策としてやれるのは、刑事的(刑罰の手続)には刑事告発や被害届、民事的には損害賠償の裁判や仮処分(裁判前に迅速な仮の命令を求める手続)でしょう。フローチャートを作れって言うのは刑事裁判や民事裁判の流れを一目で見て分かる資料を作れということと同じですよ。そんな分かりやすいのがあれば苦労しません」
「ただ、被害者の法律相談を受けるカウンセラーによれば、被害を受けた人はパニック状態なので、法律手続きの説明を受けるだけでも、法律的に何が出来て何が出来ないかが分かり、自分の進むべき方向が見えてきて落ち着くと言われるんだけれどもね。」
「そのためには弁護士に直接相談するのが最も適切でしょう。だから弁護士会でも法律相談センターだけではなく、新たに被害者相談センターを設ける予定なのでしょう。」
「でも、犯罪被害者が自分の被害を訴えるのに心理的抵抗があって、相談窓口に出向くことが難しいといわれているのが問題でしょう。だから君がなるべく分かりやすい手続フローチャートを作って、この本に載せれば役に立つのに。」
「でも、犯罪被害も多種多様だから一筋縄ではいかないのですよ。刑事的にでも、分かりやすい例で言えば、強姦のような性暴力やドメスティックバイオレンスと交通事故のような交通犯罪では大きく手続きが違いますよね。被害者の対応手段も全く異なってくる。」
★ 『例えば、性暴力の場合はどうなるの。』
「性暴力やドメスティックバイオレンスは他の人の知らない所で行われるから、処罰を求めるためには被害者が加害者を告訴するか被害届けを出すのかいう判断とその手続きが重要になりますよね。その場合、相談を受ける者や告訴を受けた警察が事情を被害者に根掘り葉掘り聞くために被害者を傷つける二次被害の防止対策も大切となります。
民事的には被害者は加害者に対する損害賠償請求とその裁判ができますが、加害者に財産があるかどうかが重要です。加害者に財産がない場合、いくら裁判所が損害賠償を命じてくれても実際には取りはぐれてしまいますよね。性暴力の加害者の中には財産や資力のない人もいるでしょうから、そのような場合、裁判の手間(判決までには証拠書類を出したり、証人尋問をする必要性があり、時間がかかる。但し、第一回目の裁判に被告側が欠席したりしてなんの答弁もしないとか、請求の理由を全て認めた場合などに、直ちに判決されるのが例外である)や裁判の費用(訴訟を起こす際には規定された額の印紙を貼\り、返信や送信用の切手を予め納める必要がある)や弁護士費用をかけてまで、損害賠償を求めるかは大きな問題になるでしょう。加害者に資力があるかどうかは、殺人、傷害、窃盗などどんな犯罪被害においても民事上の救済に大きく立ちふさがる問題かもしれませんね。」
★ 『その点、たとえば交通事故であれば、どうなるの。』
「加害者が強制保険や損害保険に入っていることが多い交通事故の被害では大きく異なってきますよね。保険会社からは賠償金を取りはぐれることがありませんから。刑事的にも交通事故ならば、警察が事故処理に駆けつけますので、告訴や被害とどけなどの手続きはあまり重要ではなくなりますよ。」
★ 『その他、ストーカーの場合はどうなの。』
「ストーカーの場合は、ただ単につけ回すとか、電話をかけるとか刑事的には犯罪になりにくいといわれていますよね。
そこで、ストーカー本人や関係者にストーカー行為をやめるように通知をして、それでもきかないときには、本裁判には時間がかかり、被害が大きくなる可能性がありますので、周辺の徘徊などを禁じるという裁判所の仮処分をとることになるでしょう。それでも違反する時は、違反するたび賠償金を支払うように命じる仮処分をさらに申\し立てることになるのでしょう。ただ、仮処分は裁判所が迅速に命じますので、その担保として裁判所が定める供託金を納める必要があるのが本裁判とは違いますよね。」
「聞いていってみると、犯罪被害対策はケースバイケースのようだし、しかも法律的には決定的な対策がないようだね。」
「極端な話、犯罪によって人が亡くなった場合、どんな対策をとってもその人が生き返るわけでもないし、遺族の心の傷がなくなるものでもないでしょう。そのケースに応じた法的な対策が必要なことはもちろん、関係諸機関の総合的な対策が必要でしょうね。」
「そうだね。被害当初の相談窓口、心理的なカウンセラーや遺族の具体的生活を支援する社会福祉など、たくさんの総合的な対策が今後必要だし、それらを担う機関相互の協力も必要だろうね。」
2000年11月「ストーカー行為等の規制に関する法律」(ストーカー規制法」が施行されました。この規制法では、恋愛や好意感情のもつれから(一方的な思いこみも含みます)出たつきまといなどに対して、警察の警告や公安委員会の禁止命令を求めることができます。違反者には罰則の規定もあります。ストーカーは、放置すると重大な事件に発展することもあり、これまでの民事だけでの対応では被害者の安全を確保できないため、制定されたものです。(2004年5月)