福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2002年6月号 月報
民事裁判の期間を半減
月報記事
村井正昭
民訴法改正の動向
(計画審理と証拠収集)
Q 司法改革審議会の答申で、民事裁判に要する期間を半減することが提起されていますが、そのためにどのような対策がとられようとしているのですか。
A 民訴法を改正して「計画審理」を導入しようとしています。
Q 計画審理とは、どういうことですか。
A 訴訟提起後、事案の概要が明らかになった時期において、両当事者と裁判所が協議して争点整理に要する期間、証拠調に要する期間を定め、裁判の終期を明らかにすることを義務づけるということです。
そして、協議が成立した場合には、予定した審理期間の進行を変更しなければならないような、新たな主張の追加や証拠の追加が制限されることになります。
Q 事案の内容が明らかになった時期とはどういうことですか。争点整理との関係は。
A 争点整理に要する期間についても、予め決めるということですから、一つの考え方として被告の主張が具体的になった時点が考えられます。
その結果、裁判所は当事者に対し、詳しい訴状、詳しい答弁書を今以上に要求してることになるでしょう。
Q 全ての民事事件に必要でしょうか。
A 最高裁は、通常事件は、現行法で十分と考えております。計画審理の対象は、複雑事件、専門事件に限定する方針です。
Q 早い時期に計画を樹て、新たな攻撃防御方法の提出を制限する以上、早期に証拠が出尽くすことが当然に必要となると思いますが、その手当は考えられていますか。
A 日弁連はかねてから、民事裁判における証拠開示の必要性を力説し、民訴法改正の際にも具体的な提言をしています。しかし、採用されたのは当事者照会制度の新設という、極めて、不十分なものだけでした。今回も計画審理導入のためには証拠開示に関する規定の整備は不可欠という立場です
最高裁は当時も今も、証拠開示について積極的です。要するに、裁判所の仕事量が増える制度はダメだという姿勢です。
Q 訴訟予告通知制度とか独立証拠調が導入されると言われていますが、どういうことですか。
A 訴訟予告通知制度とは、例えて言えば、原告の当事者照会制度を提訴前に導入するものと言えるでしょう。訴の提起を相手に予\告し、証拠の有無等を問合せ、提出を求めるという制度が予定されています。
独立証拠調はドイツ等例があるもので、提訴前に鑑定等を行うことができます。
ここで注意しなければいけないのは、独立証拠調が導入された目的です。
ドイツでは、提訴前の和解解決を促進し、訴提起を減少させることが目的だったと 言われています。
当事者の証拠収集方法の拡大が目的ではなかったのです。
Q 今回の改正ではどうですか。
A 前述したように、最高裁は、裁判所が関与する手続の新設には、極めて消極的です。 例えば、最高裁が挙げているのは検証の代りに、執行官による現地調査を新設する。
証人尋問の代りに、両当事者立会で作成する公証人面前調書を活用する。というもので、当然のことながら、裁判所は全く関与せず、何れも、費用は当事者 負担です。鑑定についても、裁判所が行うのは、鑑定人を推薦するだけです。
最近になって、やっと、調査・送付嘱託、は裁判所が関与してもよいと言い始めた ようです。
Q そんなことならば、さっさと提訴して、求釈明や調査・送付嘱託の申立、鑑定や検証の申\立をした方が良いのではないですか。
A 問題となるのは、提訴するか否か判断に迷う事例で、どれだけ活用できるかでしょ うが、被告知者側がどれだけ協力するかということが、制度の実効性を左右するこ とになるでしょう。
(専門委員の導入について)
Q 専門的な知見を要する事件について専門委員を導入することが提案されていますが、問題はどういうことですか。
A 対象となる事件としては、知的財産関係事件、医事関係事件、建築関係事件が考え られています。 知財事件については、かねてから、調査官制度の不透明性が指摘されており、訴訟 手続の中に明確に位置づけることが必要とされており、専門委員の導入について異 論はないようです。
建築紛争については、現在専門家調停委員を採用した付調停制度が、既に実施されています。建築紛争の場合、専門家(建築設計士が主流)について互換性があ ると言われ、訴訟手続の中で活用することに異論が少ないようです。
一番問題とされているのは、医事紛争です。
医事紛争の場合、患者と医療機関との間に互換性はなく、専門委員は全て医療機関 に属しています。そのためかねてから、鑑定の偏頗性が問題になっており、裁判 官が専門家の意見に安易に盲従しかねないという危険性が指摘されています。
このようなことから、日弁連では、医事紛争への専門委員の導入について、反対の 意見を表明しています。
Q とは言っても、導入を阻止することは困難ではないでしょうか。対策は考えていないのですか
A 対策ということではないですが、仮に導入するとしても、手続の透明性、公平・中立性を確保するための提言をしています。
1つは、専門委員の採用について、当事者の「意見を聴く」ということでは不十分であり、当事者の「同意」を要件とするという提案です。
2つは、専門委員の関与を争点整理段階までに限定し、証拠調以降に関与させず、裁判所の心証形成過程から排除することです。
3つは、専門委員が関与する場面は、裁判官、両当事者の3者が同席する場合に限 定するということです。 裁判所は、全手続に関与を認め、例えば証人尋問に立ち会い、専門委員の発問を 認めるとか、鑑定についても、専門委員に質問できるようにすることを求めていま す。
これでは弁護士が危惧する、心証形成過程のブラックボックス化、闇の鑑定を阻止できません。
Q 専門委員の確保はどうなりますか、或は、専門委員導入の是非を選任の当否を巡り空転することにもなりかねませんね。
A 調停委員と同様に、あらかじめ人員を確保しておくことが考えられますが、鑑定でさえ鑑定人の確保が困難なのに、実現可能なのか疑問です。
東京、大阪から呼ぶということが考えられますが、そうなるとTV会議の利用と かいうことになるでしょうし、当事者不在のまま期日外での意見聴取ということが 横行しかねません。
Q 鑑定についても問題はありませんか。
A 鑑定人が嫌がるのが、鑑定人尋問と言われています。
そこで、鑑定人「尋問」を改め、「質問」にし、発問の順序も、裁判官が最初に発 問するという改正が提案されています。
(簡裁の事物管轄について)
Q 簡裁の事物管轄について、訴額はどうなりますか。
A 未だ、具体的な提案はされていませんが、一部では「300万円」ということが言 われています。
Q 300万円となると、地方の場合、建物明渡事件等はほとんど簡裁の管轄になりますね。
A 不動産事件は、訴額に拘らず、地裁に提訴できるため、弁護士も余り問題にしてい ませんでしたが、司法書士に簡裁の代理権が付与されましたので、その影響は無視できないと思います。
前回の改正(90万円への引き上げ)から、物価スライドさせても、120〜130万円と言われています。
Q 簡裁は、サラ金・クレジット事件の増加によって、手一杯と言われているのに、大丈夫なのでしょうか。
A 前回の改正時とそこが大きく違います。
前回の改正時は、地裁の事件数と簡裁の事件数とでは、前者が多かったのですが、 現在は逆転しています。更に少額訴訟手続が導入されていることも考えておくべ きです。少額訴訟手続は、民訴法改正のヒット商品と評価されています。
そこでは、懇切丁寧な窓口事務、期日前準備、ベテラン裁判官による審理が必要と されています。このままの状態で、訴額のみ上げられ、簡裁がパンクすれば、少額 訴訟の粗雑化は不可避です。
そのことを見込んでか、最高裁は、少額「審判」を提案しています。要するに、訴訟から非訟へという考えです。