福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2024年6月号 月報

「ジュニアロースクール2024春in福岡」開催!

月報記事

法教育委員会 委員 髙見 慧(73期)

1 はじめに

令和6年3月28日(木)に、「ジュニアロースクール2024春in福岡」が開催されました。今年は、六本松にある福岡県弁護士会会館での開催となり、当日は、総勢52名の中高生の方にご参加いただきました。

2 今回のテーマ

今回は、「地域住民と野球団体の対立 『野球専用グラウンド』は廃止か?存続か?」をテーマに、長年野球専用グラウンドとして使用されてきた市の公園について、野球団体、近隣住民、市の職員という三者の立場に立って検討してもらうこととしました。

野球団体は数十年の歴史があり、プロ野球選手を輩出しているという野球専用グラウンドの存続を、近隣住民は、騒音や違法駐車を理由に野球専用グラウンドの廃止を訴えているという設定になっております。

2022年度から高校では「公共」という新しい科目ができ、「対話的・主体的な深い学び」が求められるようになりました。そこで、今回のJLSでは、対立する当事者の利益調整や実社会生活の中で現実に起こり得る身近な問題を検討する視点を養ってもらうことを目的としました。

3 当日の様子
(1) 全体の流れ

当日は、52名の生徒さんが、1班~10班に分かれ、各班に担当弁護士が1人ずつ補助として付きました。

開会の挨拶の後、大きく分けて第一部~第三部に分かれる進行となりました。

ジュニアロースクール2024春in福岡
(2) 第一部

第一部は、司会進行の吉住守雅先生が議題の概要を説明した後、野球団体のインタビュー映像、近隣住民のインタビュー映像を上映し、1班~5班が近隣住民側、6班~10班が野球団体側として、野球専用グラウンドについて存続or廃止の結論及びその理由を検討するという流れで進行しました。

ジュニアロースクール2024春in福岡
(3) 第二部

第二部では、第一部で検討した内容をまとめて、対立する立場のグループと意見交換を行う進行となりました。近隣住民側の1班と野球団体側の6班が別室に移動し、意見交換を行うといった形です。

ジュニアロースクール2024春in福岡
(4) 第三部

最後に、第三部の冒頭で市役所の職員による会議映像を上映しました。この会議映像を見て、各班は、市の立場に立って、野球専用グラウンドの存続or廃止を検討しました。また、存続する立場に立った場合は、グラウンドの新しいルール作りを、廃止する立場に立った場合は、グラウンドの新しい利用方法を、合わせて検討して頂きました。

その後、各班は検討した結論・理由を模造紙を使って発表するという流れとなります。

ジュニアロースクール2024春in福岡
(5) 議論の様子

私が担当した班は全員が中学生だったのですが(1班と6班が中学生でその他の班は全員高校生でした)、第一部から活発な議論となり、大変驚きました。特に、野球部の生徒さんがいると分かると、野球グラウンドの整備方法や使用方法等を具体的に質問したり、早朝から夕方で近隣住民が少ない時間帯はいつなのか等を的確に議論できていた点は素晴らしかったです。

第二部では、反対の立場への質問に苦戦する場面もありましたが、第三部では、全員が自分の意見を臆せずに述べ、充実した議論ができておりました。

最終的な発表時には、高校生に負けず劣らずの発表内容となっていたので、学年に関係なく、今時の生徒さんは凄いなと感動しました。

発表内容は、全グループが野球専用グラウンドの存続の立場となっていました(個人的には、廃止派の発表も見てみたかったです)。

4 おわりに

今回のJLSは、刑事裁判のようにダイレクトに法的な問題が関わる題材ではありませんでしたが、実際に身近に起こり得る利益衝突として、生徒の皆さんにとっては、イメージのしやすい良い題材であったと感じました。特に、それぞれの立場に立った上での議論に加え、市の立場に立っての結論を検討するという進行は、ボリューミーで生徒さんもあきなかったと思います。

生徒さんへのアンケートでは、とても面白かったとの意見を多数頂くことができ、また、発表が終わった後に、班の生徒さんから、「次もまた参加する!」とお言葉を頂けたのが、非常に嬉しかったです。

最後になりますが、各インタビュー映像や会議映像に出演してくださった先生方や入念な準備・当日の円滑な進行を行ってくださった運営の先生方、事務局の方々のおかげで、今回のJLSも大成功になったと思います。ありがとうございました。

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~いのちを、共に支えるために~LGBTQ+の自死予防を考えるシンポジウム

月報記事

会員 板楠 和佳(76期)

1 はじめに

令和6年3月9日14時から17時半まで、当会2階大ホール及びオンラインにて、「~いのちを、共に支えるために~LGBTQ+の自死予防を考えるシンポジウム」が開催されましたので、ご報告いたします。

この企画は、元々LGBTQ+の自殺防止対策事業に取り組んでいる「プライドハウス東京」という団体から、福岡でもセーフティーネットづくりをしたいということで当会のLGBT委員会にお声がけがあり、同委員会と自死問題対策委員会の共同で昨年の5月に同じテーマで対人支援職の方向けの研修会を開催したところ、非常に好評だったため、今度は広く一般市民の方を対象としたシンポジウムを開催することになったと聞いています。

本シンポジウムは、前半のみたらし加奈さん(臨床心理士、公認心理師、NPO法人『mimosas』代表副理事)による基調講演、後半の五十嵐ゆりさん(レインボーノッツ合同会社代表、NPO法人Rainbow Soup理事長)が司会を務め、後述する各分野の専門家を迎えてのリレートークという2部構成で行われました。

当日は、会場が約40名、オンラインが約60名と、多数の方々にご参加いただきました。

2 基調講演
(1) 性的マイノリティについて基礎的な知識

はじめに、LGBTQ(L:レズビアン(同性愛者)、G:ゲイ(同性愛者)、B:バイセクシャル(両性愛者)、T:トランスジェンダー(性別違和)、Q:クエスチョニング(自身のセクシャリティを決めていない)、クィア)、SOGI(SO:SexualOrientation(性的指向:好きになる対象がどの性に向いているか)、GI:GenderIdentity(性自認:自身の心の性別をどのようにとらえているか))など、性的マイノリティに関する基礎的な知識について解説していただきました。

(2) LGBTQと自死問題との関係性

次に、LGBTQ当事者を取り巻く環境についてお話がありました。現在の日本では、異性愛や性別違和がないことを前提とした法制度や慣習に当事者が排除されていること、差別的発言、そもそも「相談する」という土壌がなく、相談しようと思っても安心して相談できる相談窓口が少ないこと(地域格差)などにより、当事者が生きづらさを抱えやすい環境があります。

実際に、3年おきに実施されているゲイ・バイセクシャル男性を対象とした全国調査によると、いじめ被害経験率が約6割で推移しています。さらに、ゲイ・バイセクシャル男性のうち自殺未遂を経験したことがある人の割合は約9%で、この数字は、異性愛男性の約6倍にのぼります。

現状の日本社会においては、LGBTQ当事者が困難を抱えやすい傾向にあり、自死に至る危険が高いことがわかります。

(3) 私たちにできること、やってはいけないこと

最後に、以上のような現状を改善していくために一人一人にできることや、やってはならないことについてお話しいただきました。

具体的には、社会の中にも自分の中にもLGBTQに対する偏見があることに気づき、そのうえで当事者の言葉を傾聴し受け止める必要があること、相手がLGBTQの当事者である可能性を念頭に、日頃のアウトプットを見直してみること(彼氏・彼女→交際相手・パートナー)、アライ(当事者の味方・支援者)であることを表明することなど、すぐに実践できる助言をいただきました。

そして、他人のSOGIを暴露したり、決めつけたり、カミングアウトを強要したり、揶揄したりしてはならないということを教えていただきました。

3 パネルディスカッション
(1) 学校現場から

1人目の話者、池長絢さん(スクールソーシャルワーカー、精神保健福祉士)には、学校現場におけるLGBTQに関する取り組みについてお話しいただきました。

スクールソーシャルワーカーとは、小中高校に通う児童生徒の心配事を聞き、家庭や学校、地域社会など児童生徒を取り巻く環境を改善する職業です。

池長さんは、スクールソーシャルワーカーとして子どもたちと関わる中で、LGBTQの子どもたちが快適に過ごせるようにするための取り組みに触れることがあるそうです。例えば、呼称を性別によって使い分けるのではなく「さん」に統一する、髪型を規制する校則を性別によって書き分けない、などといった工夫があります。

小中高校時代は、第二次性徴が始まる時期であり、自分の心の性と体の性の不一致に悩みやすい時期です。そのような時期にある子どもたちと接する際には、大人もLGBTQについて学んでいることを伝え、相談しやすい環境をつくることが必要だと言われていました。

(2) 更生支援の現場から

蔦谷暁さん(NPO法人抱僕福岡県地域定着支援センター主任相談員)には、刑事施設からの退所者を支援する活動の中で感じた、社会と個人との間にある見えない障壁についてお話しいただきました。

蔦谷さんが相談員を務める定着支援センターには、身寄りのない出所者やその関係者が日々相談に訪れます。利用者には、障がいを持った人々が多くいます。これまで、障がいは個人の問題として捉えられ、障がいにより生じる困難はいわばその個人の責任であると考えられてきました。そうではなく、障がいを個人と社会にある「障壁」であると捉えると、その障壁を取り除くことで、個人を尊重することができるのではないかと言われていました。

(3) 法律問題と関連して

寺井研一郎弁護士(LGBT委員会)には、LGBTQ当事者の自死と法律問題との関連についてご報告いただきました。

寺井弁護士には、ある相談者との関わりから、弁護士が法的助言することで相談者が抱えていた問題が解決し、自死を防ぐことができたご経験を共有していただきました。他方、法的手段を尽くしても解決できない問題も存在するため、医療機関等との連携が不可欠です。この点は、LGBTQ当事者が社会の中で生きづらさを抱え自死を考えている場合も同様ということでした。

法律相談の場面で、弁護士が依頼者と向き合う際には、特定の性別や異性愛を前提に話を進めてしまうことで、心を閉ざしてしまうことが起こりえます。弁護士としては、当事者が安心して話せる環境作りを心がける必要があると訴えられました。

(4) 精神医療の現場から

最後に、永野健太さん(ながの医院院長、GID(性同一性障害)学会認定医)には、精神医療の観点から自死予防のための支援につきお話しいただきました。

永野さんによれば、GID学会認定医は九州で2人しかおらず、そのうち精神科医は永野さんただ一人であるとのことで、現状として、精神科の医師であっても、LGBTQについて理解のある医師は多くないそうです。それによって、LGBTQ当事者が精神科医を受診したとき、表面に現れた精神疾患を改善することはできても、根本的な生きづらさを解消できないという弊害が生じているとご指摘がありました。このような現状も一因となり、先述の通りLGBTQの自死率が高くなっている現状があります。

以上のような現状を踏まえ、永野さんは「足場をふやすこと」すなわち、よりどころとなる人や場所を複数見つけることが大切であると言われました。また、誰かの「足場」となるために、TALKの原則(Talk:心配していることを伝えること、Ask:死にたいのか素直に尋ねること、Listen:聞き役に徹すること、KeepSafe:本人の安全を守ること)を心がける必要があることをお話しいただきました。

4 質疑応答

最後に、質疑応答が行われました。質問者自身の経験を踏まえての感想や、他の社会問題との関連について質問があり、みたらしさん及び各専門家から、共感の言葉が贈られ、新たな問題提起が行われました。

5 むすび

本シンポジウムにおいては、みたらしさんをはじめ、各分野の専門家にお話しいただき、LGBTQ当事者の自死問題について、様々な観点から考察することができました。LGBTQや自死問題について考えたことがない人から、関心が深い人まで、様々な人に気付きをもたらすシンポジウムであったと感じています。

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人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖 ―「憲法講演会『ガザ戦争の背景と問題の所在』」の報告-

月報記事

憲法委員会 委員 稲村 蓉子(63期)

市民の関心の高さ実感

憲法委員会では、4月18日に「市民とともに学ぶ憲法講演会」の第12弾として千葉大学国際高等研究基幹の酒井啓子特任教授をお招きし、「ガザ戦争の背景と問題の所在」と題して講演いただきました。120名の聴衆で会場は埋まり(他にZOOM参加は52名)、皆様、1時間半ノンストップの講演に真剣に聞き入り、ガザ戦争に対する関心の深さがうかがえました。
酒井教授による講演の内容をご報告いたします。

ガザの現状

ガザに対する戦争の発端は、2023年10月7日に、ガザを活動拠点とするハマスがイスラエル領内に勢力を進め、イスラエル人260名を殺害し(後の戦闘での死亡者数と合わせると1200名を殺害)、約230名を拉致したことにある。これに対してイスラエルはハマス根絶を掲げ、同年10月中ガザを空爆し、次は地上戦で各地を制圧している。ハマスという組織は、決して組織として確固とした外郭があるわけではなく、誰が構成員かも曖昧である。そうすると、ハマスの根絶はすなわちパレスチナ人の殲滅と同等の意味になる。イスラエル人からすれば、パレスチナ人すべてがハマス、テロに見える状況になっているといえる。イスラエルの攻撃により、2024年4月8日時点でパレスチナ人の死者は3万3207人(パレスチナの人口の約1.5%)にのぼり、人口の半分が餓死の危険に直面し、人口の4分の3が避難民となっている。

生き残っているパレスチナの人々は、人道支援物資を求めて南部のラファ、唯一他国のエジプトと国境を接している地域に結集している。
なお、なぜ海から人道支援物資を送り届けないのかという質問を受けることがあるが、パレスチナは南部以外の三方を海も含めてイスラエルによって封鎖されている。およそ20年にわたってパレスチナは人や物資の移動をイスラエルによって制限されてきた。パレスチナは天井のない監獄と評される。イスラエルによって移動を制限されてきたという歴史的背景があり、今回のハマスの行動がある。ハマスの行動は監獄からの大脱走だったともいえる。

国際社会、国際機関の対応の変化

国連についてはその能力不足を常に指摘されているところではあるが、ガザ戦争に関しては特に停戦をさせる能力がないことが露呈している。

それは、アメリカが、イスラエルの自衛権の行使を理由として、停戦決議に対して拒否権を行使してきたためである。2024年3月25日に初めて停戦の安保理決議が採択されたが、それもアメリカは棄権した。

国際社会では、イスラエルが自衛権の範囲を逸脱していると考えている。

2024年4月1日に欧米の援助団体のメンバーがイスラエルによって殺害された。自国の国民が殺害されたことで、アメリカのイスラエル支持は揺らいでいる。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖
イスラエルは何を目指しているのか

多くの研究者は、イスラエルの経済力が戦争を続けるだけの余裕がなく、また、戦争が続けば従軍兵士やその家族が厭戦気分になるであろうからガザ攻撃は3か月ほどで終了すると考えていた。

しかし、実際はその逆に進展しており、国民世論はいけいけどんどんの状態となっている。世論調査によれば、レバノン南部にいるヒズボラも攻撃すべきと考える国民は3割を占める。加えて、二方面攻撃は負担が大きいのでガザ攻撃終了後にヒズボラを攻撃すべきと考える国民も3割いるため、国民の約6割が戦争を拡大させる考えをもっている。また、パレスチナ政府の自治についても、自治を認めないとの国民が今年3月時点で37%を占め、自治を認めるにしても徹底的分離(イスラエル軍が監視し、形式的自治しか与えない)を主張する国民は39%がいる。パレスチナ自治政府と和解交渉を進めるべしと考える国民は16%しかおらず、誰も和平に期待していないのが現状であり、国防を強化するという意識が国民の間で定着している。

今回のガザ攻撃によって、パレスチナとの和平(二民族二国家案)が消えたといえる。これまでは、自治の範囲に争いはあるものの、少なくとも二国家が存在することが前提となっていたが、その前提がなくなった。イスラエルが今後どうしていくのかはわからないが、北部に戦端を開いていく可能性は大きく、また、パレスチナ人の民族的抹消すら目指していくこともあり得る。もともとイスラエルは建国の究極目標として「ナイル川からユーフラテス川まで聖書に約束された土地を確保する」ことを掲げており、領土拡張主義をとっている。イスラエルは建国時にパレスチナ人を領土から追い出しており、その再現(ナクバ:大災厄)を目指している。ネタニヤフ首相は「地中海とヨルダンの間にはイスラエルが主権を持つ領土しかない」、ガラント国防相は「私たちは人間の姿をした獣と戦っており、それに応じて行動している」と発言していることが、その発露である。

早く戦争を終息させないと、イランのように反イスラエルを掲げる勢力が戦争に巻き込まれる危険がある。イランが巻き込まれると、ペルシャ湾全体が紛争に巻き込まれ、第三次世界大戦になりかねない。

今のところ、イスラエルに対してアラブ諸国は驚くほどおとなしい。イスラエル非難はしているものの、国内世論向けである。イランも戦争に巻き込まれたくないとの強い決意を持っている。2024年4月1日にはイスラエルが、在シリアのイラン大使館を攻撃した。これはイランの主権に対する明白な侵害行為であったが、イランは非常に抑制的な報復しかしていない。今後、レバノン、イラク、イエメンなどの反イスラエル勢力がどう動くか注目が集まる。

イスラエルの世論が戦争拡大を支持していることには重大な懸念がある。イスラエルのガザ攻撃は、人道目的のみならず、今後の政治動向からしても、早く終息させなければならない。

パレスチナ問題に対するヨーロッパ社会の後ろ暗さ

ヨーロッパでは反ユダヤ主義があり、歴史的にユダヤ人は迫害を受け続けてきた。ナチスドイツではホロコーストがあり、500~600万人が殺害されている。この数字は歴史的な体験としてユダヤ人の意識に強烈に刷り込まれているはずであり、パレスチナ人の死者が3万人といっても少なく感じるかもしれない。

パレスチナに建国をするというシオニズム運動が始まった時、パレスチナに人がいると知らなかった純朴な移住者もいたかもしれないが、運動を主導するシオニストは、当然、パレスチナの地に人が暮らしていることは知っていた。また、イギリスも当然知っていたし、ユダヤ人が移住することの危うさも理解していた。しかし、それでもユダヤ人問題を中東に押し付けた。ユダヤ人のパレスチナへの移住は、ホロコーストからの逃避だけが原因ではない、もっと根深い問題だと考える。

ヨーロッパはユダヤ人問題を中東に押し付けたことで冷静な判断ができない。また、ヨーロッパはネオナチ的な反ユダヤ主義が生まれることを恐れており、そのため特にドイツは徹底したイスラエル支持をして、パレスチナ支持のデモや言動を厳しく取り締まっている。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖
パレスチナ人の意識

今回、ハマスが越境攻撃を仕掛けたと言われている。しかし、パレスチナ人の意識からみれば「越境」とはいえない。

ユダヤ人の移住によって現地のパレスチナ人との衝突が増え、それを解決するために1947年に国連パレスチナ分割決議が採択された。これはイスラエルに建国の権利を与えたわけではなかったが、イスラエルはすかさず建国してパレスチナ人を領土から排除した。これに反発したアラブ諸国と第一次中東戦争になると、その戦争の勝利に乗じて、イスラエルは分割決議で与えられたよりも広い土地を獲得し、さらにパレスチナ人を追い出している。また、イスラエルは第三次中東戦争では、ガザや西岸地域を占領し、国際法上禁止されている入植活動を続けている。

ガザの人口のうち122万人近くが、もともとイスラエル領内に住んでいたが、イスラエルに追い出され、ガザに逃げ込んだ避難民である。祖父母がイスラエルの地図を示しながら「昔はここに住んでいた」と話すのを聞いている子もいるだろう。ガザの人々は、イスラエルに追い出されて二度と故郷に戻れない、そして再びガザの地から南部へと追いやられていると感じているだろう。

パレスチナには500万人の難民がいる。それを支えてきたのはUNRWA(国際パレスチナ難民救済事業機関)であり、いってみればパレスチナの人々にとって唯一の行政府であったといってもよい。しかし、イスラエルが、UNRWAの職員が越境攻撃に加担したとか、ハマスの一員であると申し立てたことによって、2024年1月終わりに、日本を含め各国がUNRWAへの資金拠出を停止した。EUやノルウェーは資金拠出を止めなかった。日本は資金拠出を再開したが、果たしてその判断が正しかったのか、検討する必要がある。(報告者注:2024年4月22日に、国連はUNRWAの中立性に関する評価報告書を公表し、改善すべき点があると提言したものの、UNRWAの職員がテロ組織のメンバーである証拠はないと述べたとのことである。)。

人権侵害の果てにあるもの―迫害、虐殺、報復の連鎖
講演のまとめ

(1)イスラエルの攻撃を停止させる能力のある国はない。(2)イスラエルの目的はトランプ政権誕生までに獲得できる限り領土拡張を目指し(西岸での入植地の拡張、レバノン南部への影響力拡大)、トランプ政権下での事後承認を目指す。(3)いずれの統治体制となるにせよ、パレスチナに対するイスラエルの不均等な支配が強化されることは疑いないが、それは一層の統治コストの増大と不満要素の継続を意味する。(4)アラブ諸国の統制能力には期待できない/ガザからの避難民をエジプトが人道的目的で引き受けられるか(多大な国際的支援が必要+帰還の可能性を確約できるか?)。(5)反イスラエル「抵抗の枢軸」がどこまで自制できるか:国際経済への影響/戦争を回避したいイランのメッセージがどこまで正確にアメリカに伝わるか。(6)国際的な対イスラエル反対ムードがどのような暴発を招くか。

講演を聞いて

ユダヤ人がパレスチナに移住した歴史的背景、現在のガザの状況、イスラエルの動向と今後の世界情勢などを、とてもわかりやすく講演いただきました。国際情勢や歴史の複雑さ、まとめの「イスラエルの攻撃を停止させる能力のある国はない」には絶望しそうですが、それでも、一個人として、パレスチナの人々、特に子どもが死傷し、飢えに苦しむ状況や、イスラエル人の人質が捕われ続けている状況に対しては断固反対の意思を表明しなければならないと思います。

ユダヤ人迫害・虐殺の歴史が、パレスチナ人への新たな迫害・虐殺へと続いていくことをみたとき、改めて、人権侵害は拡大していくものであり、それを止めるためにも一人一人の人権を尊重しなければならないとの思いを強くします。パレスチナ人の自由を押さえつけて建国を果たしたイスラエルの人々が常に攻撃される恐怖に怯えなければならないように、他者の犠牲のもとに成り立つ幸福は虚構でしかないはずです。パレスチナ問題を考えるとき、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認した日本国憲法の先進的意義を感じます。改めて、平和、人権尊重について考える講演となりました。

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2024年5月号 月報

あさかぜ基金だより

月報記事

あさかぜ基金法律事務所 社員弁護士 小島 くみ(75期)

ごあいさつ

令和6年2月にあさかぜ基金法律事務所に入所した小島くみと申します。司法修習期は75期、実務修習地は鹿児島でした。

私は、九州大学農学部を卒業したあと、20年あまり、出身地である鹿児島県にある環境計量証明事業所において、環境計量にかかわる技術者として過ごしてきました。環境計量とは、大気や河川水など環境に関する物質の量や濃度などを計測し、数値化したうえで、第三者に対して証明をすることによって、環境規制や環境保護のために重要な役割を果たすというものです。

このように、異業種の仕事をしていた私が法曹を目指したのは、この仕事をしていたとき、さまざまな問題が起こったときには、最終的には法的解決を図ることが効果的であると実感することがあり、それなら私も弁護士として紛争解決に寄与してみたいと考えたからです。

あさかぜ基金法律事務所とは

ご承知のとおり弁護士法人あさかぜ基金法律事務所は、司法過疎地域に赴任する弁護士を養成するために、多くの方々に支えられている都市型公設事務所です。所員弁護士は、おおむね3年間の養成期間を経て、九州の司法過疎地域に赴任することになります。

あさかぜ基金法律事務所への入所

私は、長く、鹿児島県指宿市で生活してきました。指宿は、風光明媚な温泉地ですが、人口の減少がどんどん進行していて過疎化が進んでいる田舎町であり、弁護士の少ない地域です。私が指宿で生活するなかで、法的支援を受けたことのある人の話を聞くことはまれでした。たとえば、近隣住人とトラブルになったために、より良い解決方法を探りたいと考えたとき、離婚をするにあたって相手方と揉めたときなど、何らかの法的支援を受けたほうがいいのではないかと思われる場面においてさえも、多くの人が法的支援を受けないままに終わり、結果的に正当な主張ができないまま泣き寝入りせざるをえないという状況が多くありました。これらのことから、私は、司法過疎地域においては法的支援を受けたくても受けられず、不利益をこうむっている人が少なくないことを実感していました。

これとは別に、過疎地においては、高齢化が進行し、単身で生活する高齢者が増加していることから、今後は、高齢者に対する法的支援が重要性を増してくるということも強く感じています。

そこで、このような司法過疎地域で、私自身も弁護士として法的問題の解決を図る取組ができるようになりたい、そのなかで、司法過疎地域にも多い高齢者に対する法的支援に関わっていきたいと考えていました。

そんな私が、このたび、司法過疎地域に赴任する弁護士を養成する事務所であるあさかぜ基金法律事務所にご縁を得ることができました。

私は、これまで司法とは無縁の生活を送ってきましたので、弁護士の仕事はわからないことだらけであり、あさかぜ基金法律事務所に入所して以来、驚きの連続の日々を過ごしています。

これからは、指導担当弁護士をはじめ先輩弁護士の方々から多くのことを学ばせていただき、司法過疎地域に赴任するうえで必要なスキルを習得できるよう精進していきたいと決意しています。 ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

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シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました

月報記事

情報問題対策委員会 委員 桑原 義浩(58期)

マイナ保険証はお持ちですか?

皆さんは、マイナ保険証はお持ちですか?紙(またはカード形式)の保険証ですか?その現行の保険証が廃止されるって、ご存じでしょうか?これって、国民が望んでいることなのでしょうか?医療情報が漏れてしまうなど、問題はないんでしょうか?

3月20日午後2時から、当会の情報問題対策委員会が企画したシンポジウム「マイナ保険証と人権を考える 医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が、福岡県弁護士会館2階大ホールで開催されました。

当日は、水曜日で祝日という日程だったのですが、大ホールでの会場参加とオンライン参加を合わせて100名近くの参加がありました。大ホールでは準備していた配付資料が足らなくなってしまうほどでした。

木本綾子委員からの基調報告

当会の情報問題対策委員会の武藤委員長による開会の挨拶の後、はじめに、福岡県弁護士会のこれまでの活動について、木本綾子委員から報告しました。

福岡県弁護士会では、2021年(令和3年)5月6日に、「マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明」を発出して、マイナンバーカードの義務化に対する問題点を明らかにしていました。河野太郎デジタル大臣が現行の健康保険証を廃止する方向性を打ち出したときには、2022年(令和4年)12月26日に「現行の健康保険証を廃止してマイナンバーカードの取得を義務化することに反対する会長声明」を発出しました。さらに、社会保障や税制以外にもマイナンバーの利用を拡大する動きに対して、2023年(令和5年)5月12日には、「マイナンバーの利用範囲及び情報連携範囲の拡大に反対する会長声明」を発出しました。

あわせて、福岡市の行政効率化を目的とするDX戦略の状況についてヒアリングを行ったため、その結果も報告されました。

シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました
知念哲氏による基調講演

続いて、神奈川県保険医協会事務局次長、全国保険医団体連合会・政策事務局小委員の知念哲氏から、「マイナ保険証の仕組みと問題点」と題する基調講演をしていただきました。現行の医療保険の仕組みから健康保険証の役割、マイナ保険証でのオンライン資格確認などを概観していただき、現行の健康保険証が廃止されるまでの流れをご紹介いただきました。

また、ご講演のなかで、マイナ保険証の普及状況などについてのお話もありました。医療機関では利用できるような対応は進んでいるものの、実際に資格確認としてマイナ保険証が利用されているのは、令和6年1月時点でもわずか4.6%にすぎないということでした。

さらに、国民皆保険の理念・原理・原則から、デジタル対応が困難な人たちが医療から遠ざけられることのないように現行の健康保険証の存続を求められ、最後にオンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟の状況についてご報告がありました。

大変充実した資料をもとにして、詳細な分析も加えられたご講演内容でした。

シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました
パネルディスカッション

その後、パネルディスカッションに移りました。

冒頭で、全国保険医団体連合会の大崎公司理事から、医療機関の現場でのマイナ保険証でのトラブル状況などをご発言いただきました。オンライン資格確認には早くても一人30秒から40秒かかるために、資格確認で列ができてしまう、現行の保険証提示ならすぐに終わる、電気が停電となると確認もできなくなり、災害時の対応に問題がある、といったことを発言されました。

それから、中央大学教授の宮下紘先生より、人権保障の観点からのマイナ保険証に関するご発言がありました。

冒頭、ナチスによるパンチカードを使ったユダヤ人管理の例を紹介されました。個人情報を国家が管理することが人権問題に関連することを認識できました。

マイナンバー制度については、2023年3月9日の最高裁判決があります。最高裁は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない自由を侵害するものではないと判断していますが、これはあくまでもシステムにトラブルがないことを前提としています。現在はシステムの問題性が指摘されているため、この最高裁判例がそのまま妥当するわけではないことも指摘されました。

また、EUでの個人情報保護のための制度であるGDPRの視点からマイナ保険証の問題点を指摘されました。あくまでもデータの「主体」としての権利の話であって、「客体」ではないとの指摘は、個人に番号がつけられるマイナンバーについては重要な視点だと感じました。

以降は、パネルディスカッションで、議論を深めました。医療情報としてどういうものがデジタル化されて共有されると便利になるのか、問題点はないか、研究・新薬開発などに対する診療情報の利活用への懸念、課題について、そもそもデジタル政策の中心にマイナンバーがあることについての問題点などを検討しました。

健康保険の加入は強制であるが、マイナンバーカードの取得は任意であるため、強制保険に任意のカードで対応しようとすること自体に大きな問題がある、ということは重要な点だと感じました。

当日は、会場に質問用紙を配布したのですが、かなりの数の質問が集まりました。すべてを取り上げることはできませんでしたが、参加された皆さまの問題意識が共有できる機会になりました。

シンポジウム「マイナ保険証と人権を考えるー医療情報のデジタル化で社会はどう変わる?」が開催されました
見逃し配信、動画を公開予定です

今回のシンポジウムに参加できなかった会員および一般の皆さまに向けて、福岡県弁護士会の公式Youtubeチャンネルで、当日の様子を公開することを予定しています。

カメラワークに手慣れていないところがあるかと思いますが、ご容赦いただければと思います。
今後とも、情報問題対策委員会では、マイナンバーの問題など、情報問題について、人権保障の観点から検討を続けていきたいと思います。

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