弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年4月11日
追跡・公安捜査
社会
(霧山昴)
著者 遠藤 浩二 、 出版 毎日新聞出版
警視庁公安部のとんでもない大失態を二つ紹介した本です。一つは30年前の警察庁長官狙撃事件、もう一つは最近の大川原化工機事件。
まずは、國松孝次(くにまつたかじ)警察庁長官が銃撃された事件です。高級マンションから出勤しようとしたところを銃撃され、瀕死の重態になったのでした。
結局、犯人は逮捕されないまま、公訴時効が成立してしまいました。しかし、著者たちは、銃撃した犯人はオウム真理教とは関係のない、中村泰という人物(最近、病死)であることを突きとめ、さらには、犯行を手引・援助した人物まで追跡しています。
ところが、警視庁公安部は最後まで「オウム犯人説」にしがみつき、時効成立後の記者会見でも、そのことを高言した。そのため、オウムに訴えられて敗訴したという醜態を見せた。奇怪千万としか言いようがありません。
この本で注目されるのは、公安部といつも張りあう関係にある刑事部が特命捜査班をつくって、中村泰を犯人として証拠を固めていたという事実です。
警視庁公安部は定員1500人で、公安部なるものは東京にしかない。公安部長は多くの県警本部長よりも格上の存在。公安部は家のかたちから「ハム」という隠語がある。
犯行を自白し、その裏付もとれている中村泰は1930年に東京で生まれ、東大を中退している。現金輸送車襲撃事件を起こし、強盗殺人未遂罪で無期懲役となり、2024年5月に94歳で病死した。
のべ48万人もの捜査員を投入し、警察の威信をかけたはずの捜査は成果をあげられず、失敗に終わった。ところが、2010年3月30日、公訴時効を迎えた日に、青木五郎公安部長は記者会見して、「やっぱりオウムの組織的テロ」と述べた。
それなら誰かを逮捕できたはずでしょ。それが出来ないのに、こんなことを堂々と発表するなんて、信じられません。案の定、オウムから名誉棄損で訴えられて100万円の賠償を命じられました。とんだ笑い話です。これは米村敏朗という元警視総監の指示とみられています。とんでもない思い込みの警察トップです。
二つ目の大川原化工機の事件もひどいものです。東京地検はいったん起訴しておきながら、初公判の4日前に起訴を取り消した。私の50年以上の弁護士生活で起訴の取消なるものは経験したことがありません。よほどのことです。
これは、功をあせった警視庁公安部のとんでもない失態ですが、それをうのみにして起訴した塚部貴子検事のミスでもあります。
そして、誤った起訴の責任を追及する国家賠償請求裁判において、警視庁公安部の警察官2人が、驚くべきことを証言したのです。
「まあ、捏造(ねつぞう)ですね」
「立件したのは捜査員の個人的な欲から」
「捜査幹部がマイナス証拠をすべて取りあげなかった」
ここまで法廷で堂々と証言したというのは、よほど、公安部では異論があり、不満が渦巻いていたのでしょう。
大企業だと必ず警察OBがいるのでやりにくい。会社が小さすぎると輸出もしていない、従業員100人ほどの中小企業をターゲットにする。これは公安警察幹部のコトバだそうです。とんでもない、罪つくりの思い込みです。自分の成績をあげ、立身出世に役立つのなら、中小企業の一つや二つなんて、つぶれても平気だというのです。
それにしても、大川原化工機では、社長らが逮捕されても90人の社員がやめることなく、また取引も続いていて、会社が存続したというのも驚きです。よほど社内の約束が強かったのでしょう。もちろん、みんなが無実を確信していたのでしょう...。すごいことですよね。警察の取り調べのとき、ICレコーダーをひそかに持ち込んでいて、取調状況を社員が録音していたというのにも驚かされます。捜査状況の録音・録画の必要性を改めて実感しました。
(2025年3月刊。1870円+税)