弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2025年4月 6日

雪夢往来

日本史(江戸)


(霧山昴)
著者 木内 昇 、 出版 新潮社

 江戸時代、雪深い越後の国に住む鈴木牧之(ぼくし)は郷土のことを江戸の人々に知ってもらおうと、郷土の風景、民話そして雪深い冬の景色を書きつづった。書き上げたからには書物として売り出さなくてはいけない。そこで、江戸の書き物問屋にあたり、作家に頼った。
 本書で出てくるのは、山東京伝、十返舎一九そして滝沢馬琴と、今も高名な作家たち。そんな作家たちは、果たして越後の無名の民(たみ)が書いたものに注目し、それを書物として世に出してくれるだろうか...。
 鈴木牧之の書いた『北越雪譜』は今なお語り継がれる高名な書物です。ところが、刊行されるまで、なんとなんと40年もかかってしまったのでした。これでは刊行するまで著者が生きていたというのが不思議なほどです。私も先日、30年ぶりに亡父の歩みを本にまとめ直しました。30年前は自費出版でしたが、今回は出版社から刊行することが出来ました。やはり、うれしいものです。
 書本(かきほん)にして江戸で配ればそれで十分だったのに、山東京伝に送ったことから、話が大きくなり、板本(はんぽん)という、思ってもみなかった夢が手の届くところに立ち現れた。迷走は、おそらくそこから始まった。
夢というのは、一度見てしまうと、そこから逃れられぬものかもしれぬ。必ず板本にしなければならない。妄念に取りつかれて、ここまで来てしまった。いつしか、書く楽しさや良いものを書きたいという純粋な衝動から大きく逸(そ)れて、ただただ己(おのれ)の筆力を証したい。みなに認めさせたい、名を上げたい、という欲心で、ここまで走ってきた。いやあ、よく分かりますね、この気落ち。田舎(地方都市)に住んでいながらモノカキと称して東京の出版社から本として刊行するというのは、みなに認めてもらいたい、あわよくばモノカキとして名声を得たいという欲心からのことです。間違いありません。
 「雪中の洪水の話、熊捕(くまとり)の話、雪の中で、飛ぶ虫の話、雪崩(なだれ)に巻き込まれた人の話...。気がつけば、ずい分と多くの綺談(きだん)を書いたものにございます。この地のことを書いておるとき、私は心くつろいでおりました」
 天保8年の秋、『北越雪譜』初編3巻が板行された。初めこそ、さして話題にもならなかったが、雪深い国の慣習や綺談は江戸の者に驚きをもって迎え入れられ、ふた月も経(た)つと、摺(す)るのが間に合わぬほどの評判となった。『北越雪譜』二編は初編同様、大きな評判をとり、鈴木牧之の名は江戸のみならず、広く知れ渡ることになった。越後塩沢の名士として村の者にも崇(あが)められ、わざわざ遠方から彼を訪ねてくる者まであった。
皐月(さつき)の、心地よい風が抜ける日の暮れ時に、鈴木牧之は静かに人生を終(しま)った。
一番最初に山東京伝の伝手(つて)で、二代目の蔦重(つたじゅう)のところで刊行しようとすると、50両がかかると言われたので、さすがの鈴木牧之も二の足を踏んだのでした。
 そうなんです。モノカキを自称するくらいで無名そのものが出版社から本を刊行しようとすると、現実には頭金を求められるのです。私も当然、毎回、負担しています。印税収入なんて、残念ながら夢のまた夢なのです。それでも、1回だけ福岡の本屋の店頭で私の本(「税務署なんか怖くない」)が並べられているのを見たときは小さな胸が震えるほど感激しました。
(2024年12月刊。2200円)

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