弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年2月22日
西ネパール・ヒマラヤ最奥の地を歩く
アジア
(霧山昴)
著者 稲葉 香 、 出版 彩流社
リウマチの持病をかかえながら、本職は美容師という著者が僧侶の河口慧海(えかい)と同じチベット文化圏を足で歩いた体験記です。
文章もさることながら、その写真の壮大さ、気高いと形容するほかないヒマラヤの山並みには思わず息を呑むほど圧倒されます。そして、人々とりわけ子どもたちの生き生きとした笑顔に魅せられます。
西ネパールの北西部に位置するドルポはチベット文化圏。標高4300メートルの高地に村が点在し、人々が伝統的な生活を営んでいる。東西南北、どこからドルポに入ろうとしても、5000メートル以上の峠を越えなければいけない。ここには富士山より低い場所はない。
耕作できる土地は少ないが、それでもジャガイモ、小麦、ヒエ、ソバ、大麦をつくっている。家畜のヒツジ、ヤギ、ウシ、ヤクを夏の間は山の高地に放牧し、冬になると高度の低い村に連れてくる。また春になったら高地へと戻る。遊牧民の暮らしだ。
高所に強いヤクは、厳しい環境で生きのびることができ、毛は機織(はたお)りで衣類や毛布となり、皮はなめして活用し、乳はヨーグルトや硬い乾燥チーズとなる。そして乾燥した糞は、料理と暖をとるための貴重な燃となる。
村で出会った修行僧に河口慧海を知っているかと訊くと、「あそこにいるよ」という答えが返ってきた。古寺の内に仏像があり、それが河口慧海師だという。あとで著者が調べてみると、それは河口慧海の「チベット旅行記」に出てくる住職の像だった。それがいつのまにか現地では河口慧海の像になっていた。それにしてもチベットの山奥の寺に河口慧海と思われている仏像があるなんて驚きです。
ちなみに河口慧海の「チベット旅行記」を読むと、もともとろくな食事もとらないうえ、正午を過ぎたら何も食べないまま山中を歩きまわったようです。まさしく超人的なのですが、この本によると著者と同じリウマチを持っていたそうです。いやはや、とんだ共通項があるのです。著者はスマホを使わず、紙の地図で行動しています。ところが、ヒマラヤの人たちは地図を見ないし、持たない。もちろんスマホに頼ることもしない。
山と一体化して歩いている。
著者は、2007年から2016年までのあいだに、4回にわたってドルポ内部を横断した。すべて夏から秋のこと。では、冬のあいだはどうなっているのか探検しよう...。すごい発想ですね。
3ヶ月間、冬のドルポを体験したのです。野外は氷点下20度。著者が泊まった家は、チベットスタイル。つまり、天井があいている家。壁も扉もあるけれど、上部は吹きっさらしの状態。なので、窓が開きっぱなしの環境で厳冬期を過ごした。とくに寒いのは、山に太陽が沈んだ夕方4時から夕食の時間まで。ドルポでは燃料も水も貴重なので、暖をとるためだけに燃料を使うことはない。暖がとれないで氷点下3度に耐えなければいけない。家の中でじっとしている氷点下3度はとにかく寒く、手足がキンキンに冷えた。いやあ、これはきついですね、よくぞ耐えましたね。いったい3ヶ月間、じっとして何をしていたのでしょうか...。
私としては、食事のこと、そしてトイレのことなども知りたいのですが、何も書かれていないので、もどかしさがつのりました。それにしてもたいした女性です。その行動力、バイタリティに対して心より敬意を表します。
(2022年1月刊。2200円+税)