弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年1月15日
「原爆裁判」を現代に活かす
社会
(霧山昴)
著者 大久保 賢一 、 出版 日本評論社
「原爆裁判」というものを、今の若い人がどれほど知っているのか、いささか不安があります。若い人が新聞を読まないばかりかテレビも見ないからです。
これは、NHKの朝ドラ「虎に翼」(昨年4月から9月まで放映されていました)の主人公寅子のモデルとなった三淵嘉子が裁判官として関わった裁判です。
1955年、原爆の被害にあった市民5人が、アメリカの広島・長崎への原爆投下は国際法に違反するので、その受けた損害の賠償を日本政府に対して請求した裁判。
1963年、東京地裁は原告の請求を棄却した。判決理由のなかで、アメリカの原爆投下をはっきり違法と認定し、同時に被爆者に対して支援しようとしない「政治の貧困」も指摘した。それによって、この判決は日本国内外に大きな影響を与えた。
著者は、ドラマ化されるときに、手持ちの資料を提供したそうです。
裁判を起こした原告5人の代理人は岡本尚一弁護士ですが、提訴して3年後に亡くなり、弁護士3年目の松井康浩弁護士が受け継ぎました。
原爆を投下したのはアメリカなのに、なぜ被告をアメリカ政府ではなく、日本政府にしたのか...。アメリカの原爆投下は違法だ。その違法行為によって損害を受けたのだから、被爆者はアメリカに対する損害賠償請求権がある。日本政府は、その請求権を対日講和(平和)条約によって放棄してしまった。国民の財産権を放棄したのであれば、憲法29条3項によって、政府はそれを補償しなければならない。その補償をしないのは違法だから日本政府に対する国家賠償請求権がある、このような堂々たる論法です。
日本の裁判所でアメリカ政府は裁けません。日本政府は、1945年8月10日の時点では原爆投下を「国際法違反」としていたのに、裁判になると「国際法違反ではない」と主張しました。国民に向かっては手の平を返したのです。
アメリカは原爆投下は「戦争終結を早め、多くの人命が失われるのを防いだ」という原爆投下正当化論に立っていますが、日本政府も裁判で同じことを主張したのでした。まったくもって許せません。このような日本政府の姿勢は今も続いています。アメリカの「核の傘」にいたら安全であるかの幻想に浸り、また「核抑止力論」を振りかざすばかりです。
判決は、広島と長崎への原爆投下を国際法違反と判断した。そのうえで、日本政府の責任について次のように述べた。
「国家は自らの権限と責任において開始した戦争により、国民の多くの人々を死に導き、傷害を負わせ、不安な生活に追い込んだ。しかも、その災害の甚大なことは、一般の災害の比ではない。被告が十分な救済策をとるべきことは多言を要しない。しかしながら、それは裁判所の職責ではなく国会や内閣の職責である。戦後十数年を経て、高度成長をとげたわが国においてこれが不可能であるとは考えられない。われわれは本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられない」
この裁判に終始関わった三淵嘉子は、弁護士になったあと、日本婦人法律家協会の会長だったとき、池袋駅前に立って反核署名を集める活動もしていたとのことです。行動する人でもあったのですね。すばらしいことです。
日本被団協(被爆者団体協議会)が長年にわたる反核・平和の取り組みに対してノーベル平和賞が授与されました。そのときの田中代表委員のスピーチは胸を打つものでしたが、そのなかで日本政府が被爆者に対して冷たい仕打をしてきた(している)ことを重ねて批判したことも忘れられません。
この本には、1999年6月、イギリスの3人の女性がトライデント搭載潜水艦の関連施設に無断侵入し、家庭用ハンマーで機器類を壊して湖に投棄したという事件が紹介されています。私は知りませんでした。
核兵器の使用等は大量殺人あるいはその準備であり、国際法違反。その違反行為のために存在するトライデント関連施設の破壊は、大きな犯罪行為を阻止する行為であり、こんな行為を処罰するのは、法のあるべき姿ではない。したがって私たちを無罪にすべきだと彼女らは主張しました。
この裁判で、陪審員は女性3人の主張を真正面から受けとめ無罪評決を出し、裁判所も無罪としたのです。大きな違法行為を止める行為は処罰されるべきではない。犯罪的意図をもって行動していないから、無罪。いやあ、すっきり明快な無罪判決ですね。勇気ある3人のイギリス人女性に心から敬意を表したいと思います。
本文150頁(別に資料が50頁)という、ほどよい厚さの本です。とても読みやすい解説文となっていますので、相談の合い間に読了しました。みなさんに一読をおすすめします。
なお私は、原発(原子力発電所)がミサイル攻撃の対象にならないとも限らない現下の状況(ウクライナでは現実に起きました。日本海側に原発が何十基も立地しています)を大変心配していますが、著者がそのことについて一言も触れないのが不思議でなりません。
いつものように著者から贈呈を受けました。ありがとうございます。
(2024年12月刊。1870円)