弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2025年1月12日
あの日の風を描く
社会
(霧山昴)
著者 愛野 史香 、 出版 角川春樹事務所
芸術大学(美術大学)は、異能をもつ学生集団から成りますよね。
東京芸大について、「最後の秘境」として紹介した本を読みましたが、まさしく秘境というか異郷です。とても凡人の行くところではありません。
そのなかに文化財保有修復専攻がある。日本絵画の模写や修復、表具の仕立てをするところ。
江戸時代が終わるまでの絵画が「日本絵画」で、日本の伝統的な画材と技法を用いて描かれた明治時代以降の近代絵画が「日本画」。
日本絵画を日本絵画たらしめる、古の画家がもつ底知れぬ描写力。円山応挙の絵には余分な線が一切なく、対象の本質を見抜いて充実している。
中国では、バブル期に日本に留学した中国人によって「岩彩画」という新しい絵画ジャンルが確立している。日本画の自由な気風と岩絵具を使った表現方法は、水彩画が席巻していた中国画壇に新風を吹き込んだ。
日本において「模写」には、古くからいろいろな定義がある。教義を伝えるための仏画の模写。様式や技法を継承するための模写。修業のための模写。保存するための模写。日本の仏画や水墨画、障壁画といった絵画様式は、それぞれ図様や技法が、模写によって時代を超えて継承されている。保存のための模写は、どの状態を模写するかによって三つに区分される。現状模写、古色復元模写そして復元模写。
卓越した腕をもつ画家の行いをなぞることで、冷静になり、自分を客観的にとらえることができる。未熟さや傲慢さ、どこに神経を研ぎ澄まさねばならないのか、いろいろと気づかされ、視界が晴れる。
新岩絵具は、化学反応で人工的に発色させた硝子(ガラス)質の塊を粉砕してつくられた天然岩絵具に比べて、色数が多い。
絵具のにじみを防ぐ、にじみ止めを「どう砂」という。水ににわかと「明ばん」を溶かした液体。描く前に和紙に塗っておかないと、絵具がにじんで描きたい細さで線が引けない。
AI絵画が出てきたけれど、本来、絵は時間がかかって面倒臭いもの。作るにしろ、鑑賞するにしろ、芸術はタイパ良く楽しめるようには出来ていない。
修復では、作品に影響を及ぼすような描き起こしや塗りはしない。これが原則。穴や破れを埋めた箇所に絵を足すことを補彩というけれど、周囲の色調とのバランスをとるため、作品本来の地色と合わせる程度にとどめる。
いやあ、すごく専門的な解説があって、日本画の復元作業の奥深さをしっかり堪能できました。なので、著者はもちろん芸大が美大の卒業生だと思って巻末の著者紹介を読むと、なんと、福大の薬学部を卒業して、今は薬剤師だというのです。のけぞってしまいました。
この本は小説賞をとっただけのことはあります。ともかく最後まで読ませました。
(2024年10月刊。1650円)