弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年12月21日
羊は安らかに草を食み
日本史(戦前)
(霧山昴)
著者 宇佐美 まこと 、 出版 祥伝社文庫
いやあ、よく出来ています。満州開拓民の戦後の苛酷すぎる逃避行を現代によみがえらせるストーリー展開で、思わずのめり込んでしまいました。
私も、叔父(父の弟)が応召して関東軍の兵士となり、日本の敗戦後は八路軍(パーロ)と一緒に各地を転々としながら紡績工場の技術者として戦後9年ほど働いた状況を本にまとめ(『八路軍とともに』花伝社)たので、日本敗戦後の満州の状況は調べましたが、この本は、11歳の少女2人が親兄弟を失いながら助けあって日本に引き揚げてきた状況をストーリー展開の核としながら、その苦難の状況と、それが戦後の生活といかに結びついたのか、少しずつ解き明かされていきます。その手法は見事というほかありません。
その苦難の逃避行をした女性の一人は、今や認知症になっていて、自ら語ることは出来ません。でも、人間らしさは喪っておらず、また、昔の知人と会えば反応はするのです。認知症だからといって、完全に人格が崩壊しているのではありません。
俳句を通じて仲良くなった80歳台の女性3人が、四国そして長崎の島まで認知症となった女性ゆかりの地へ旅行するのです。
人間の尊厳を見つめた、至高のミステリー、とオビに書かれています。11歳の少女のときの苛酷すぎる状況の記憶が現代にいかにつながるのか、しかも、それが認知症だとどうなるのか、人間とは何かをも考えさせられる文庫本でした。
東京からの帰りの飛行機で一心に読みふけりました。初版は3年前に刊行されていて、今回、著者が加筆修正して文庫として刊行されたものです。
参考文献のいくつかは私も読んでいましたが、未読のものも多々ありました。
(2024年3月刊。990円)