弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年10月31日
「帰れ」ではなく「ともに」
社会
(霧山昴)
著者 師岡 康子 ・ 崔 江以子 ・ 神原元 ほか 、 出版 大月書店
川崎市は、人口155万人の大都市です。京浜工業地帯の工場群のすぐ近くに「桜本(さくらもと)」があります。東日本有数の在日コリアン集住地区になっています。
大学に入ってすぐ、高校の先輩に誘われて私は川崎セツルメントというサークルに入りました。そして、セツルメントなるものが何なのか、何をするのかまったく知らない状況で、現地に出向きました。そこが桜本だったのです。
桜本で川崎セツルは子ども会活動を展開していました。そして、そこに学生が下宿していたのです。いかにも安そうな古びた木造アパートの2階に先輩セツラーの部屋があり、学生が5人ほど膝を詰めて話を聞きました。なにしろセツルメントに入ったばかりで、桜本という下町そのものの町並みも珍しくて、今もって忘れようがありません。
今、桜本の子どもたちが通う市立さくら小学校では、毎年1回、キムチ漬けの体験教室が開かれる。6年生になると参加できる。お楽しみの授業。6年生70人分の白菜を3日前から塩漬けにして、キムチを生徒たちがハルモニたちと一緒につくっていく。
近くに、1988年に開設された川崎市立の「川崎ふれあい館」がある。崔さんは「ふれあい館」で職員として働いている。
そこにヘイトデモが押しかけてきた。2013年5月のこと。レイシスト(差別者)たちが「日本浄化」などを叫んで襲いかかった。
当初、川崎市はヘイトデモに慎重な姿勢を示し、重い腰を上げることはなかった。そこで国会議員に桜本へ視察に来てもらい、実情を訴え、見てもらった。そして、ついにヘイトスピーチ解消法が成立した。2016年6月のこと。
川崎市長は、「自治体でやれることをして、ヘイトスピーチがおこなわれないようにすると答弁し、実行した。また、法務局はレイシストに対して、ヘイトスピーチ解消法を踏まえ、人格権を侵害する不法行為だと認定して勧告した。
ところが、インターネット上のヘイトスピーチはエスカレートしていった。インターネットなんか見なければいい、気にしすぎだというのは、あまりに現実を知らなさすぎる空論だ。なにより仕方がないとして、やり過ごすのは、差別を放置することになる。
インターネットこそ、ヘイトスピーチの震源地であり、拡声器だ。
そこで、裁判を起こし勝訴したのです。一審は人格権を侵害していることを認め、レイシストに対して91万円を支払えと判決した。さらに二審の東京高裁は賠償額を40万円も積み増しを認めました。すごいです。拍手します。
ヘイトスピーチとは、差別的言動のこと、言動による差別。悪質・異質な人々と決めつけ、人間の尊厳を攻撃している。ところが、ヘイトスピーチがネット上で展開すると、たちまち236万件もの閲覧数となる。いやですよね...。
ヘイトスピーチには、「排除類型」「害悪告知類型」「侮辱類型」の4つに分類されている。
ヘイトスピーチそのものが違法である。在日朝鮮人・韓国人に対しての「帰れ」発言は、理不尽だ。彼らの大半は望んで日本にやって来たわけではない。
在日朝鮮人の多くは、現在、特別永住者の在留資格をもつ。「帰れ」発言は、「日本に住まわせてあげている」という意識に裏づけられている。しかし、自分たちの力でなんとか生活してきた在日朝鮮人の歴史を踏まえると、それは「倒錯的な主人意識」というよりほかにない。
誤った右翼へのヘイトスピーチを真実だと思い込んで行動している日本人の若者が少なくないのが、本当に残念です。でも、ヘイトスピーチを許さない社会づくりは着実に前進しています。本書は、その歩みを具体的に紹介し、読み手を励ましてくれます。
(2024年10月刊。1800円+税)