弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2024年10月30日

リーゼ・マイトナー

ヨーロッパ


(霧山昴)
著者 マリッサ・モス 、 出版 岩波書店

 NHKの朝ドラ、「虎と翼」の主人公の女性は、戦前の日本で苦労して大学に入り、司法試験を受け、ついに弁護士、裁判官になることができました。ヨーロッパでも似たような状況があったことが分かる本です。
 この本の主人公のマイトナーは、ウィーン大学を受験し、1901年に入学しました。14人の女性が受験して4人が合格し、マイトナーは物理学を学んだのです。ところが、教授も学生も、ほとんどが白い眼でみるのです。それでも、マイトナーはウィーン大学で物理学の博士号を取得しました。
 やがて共同研究者となるハーンと出会い、ともに放射能の研究をすすめます。
アルベルト・アインシュタインはマイトナーと同じ年齢。31歳で、すでに有名でした。
さらに1922年、マイトナーはベルリン大学の教授になりました。ドイツで初めての女性の物理学教授です。
 ところが、1933年にヒトラーが政権を握ると、ユダヤ人迫害が始まります。マイトナーはユダヤ人です。ところが、心配はしたものの、すぐにドイツを脱出しようとは考えませんでした。それより研究室を失って、ゼロから再出発するほうを恐れたのでした。考えが甘かったのです。
マイトナーはオーストリア人でしたが、1938年3月、ヒトラー・ドイツがオーストリアを併合。マイトナーのパスポート(オーストリア国籍)は無効になりました。いよいよマイトナーは追いつめられます。大学での仕事はできず、出国も出来ません。さあ、どうする...。マイトナーを密出国させようという取り組みが始まりました。
 マイトナーの研究所の同僚にはナチのスパイもいて、マイトナーの動きを監視しています。変な動きがあれば、すぐに警察に密告・通報するのです。
 列車での逃亡のときは、マイトナーが女性であったことが幸いしたのでした。検問にひっかかることなく、危機一髪で脱出できました。
 そして、ついに原子が分裂すること、そのとき信じられないほどの強力なエネルギー源になることを発見したのです。そうなので、マイトナーこそ、核分裂を発見した女性科学者でした。
 でも、これは人類にとって悪夢の始まりでもありました。原水爆が開発される道を開いたというわけですから...。
 1945年8月6日、広島に原爆が投下された。このニュースをスウェーデンで聞いたマイトナーは泣きだした。マイトナーの「美しい発見」が原爆をもたらした。
マイトナーは「原爆の母」と呼ばれるようになった。
マイトナーの共同研究者だったハーンは1946年12月、ノーベル賞を受賞したが、このときハーンはスピーチのなかでマイトナーについてまったく言及しなかった。ただし、賞金からかなりの金額をマイトナーに渡した。せめてお金を分けようとした。
 マイトナーは、受けとったお金をユダヤ人と亡命科学者の定住支援のために寄付した。
 いま、マイトナーの名前は、原子番号109の元素マイトネリウムとして残っています。これは永遠・不滅です。初めて知る話でした。ヒトラー・ナチスのユダヤ人絶滅策は人類の貴重な英知をたくさん失ったのだろうとも思い至りました。
(2024年3月刊。2200円+税)

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