弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年10月 7日
標本画家、虫を描く
生物
(霧山昴)
著者 川島 逸郎 、 出版 亜紀書房
顕微鏡をのぞきながら、製図用ペンで体長数ミリの昆虫を描いていくのです。それも微細にわたって、刻明に。いやあ、すごい、すばらしい細密画のオンパレードです。
身近な生き物が対象ですので、なんとなんと、ゴキブリもハエも描かれています。
虫の形態の多様さに惹かれて昆虫を観察し続けてきた著者にとって、ゴキブリは、いたって基本的な形態をした、ごくごく平均的な虫だった。そうなんでしょうね。太古の昔から存在してきたのがゴキブリですから、もう身体を変える必要を感じていないのでしょう。
庭にいる身近な虫といえば、ナナホシテントウもいます。つまむと(私は見るだけで、つまんだことはありません)脚の関節から悪臭のする黄色い毒液を出す。うひゃあ、知りませんでした。やっぱり、これからも、つままないようにします。
テントウムシのつるつるしたようにしか見えない体は、実はでこぼこだらけ。ええっ、そ、そうなんですか...。
テントウムシは、見かけによらず、食いしんぼうな虫。アブラムシの仲間を好んで食べ、ときには同じ種の卵や幼虫までも襲うことがある。
標本画はとても実用的なもので、描かれる目的はきわめて明確。なので、見る側の自由な感性に任される絵画とは、そこが決定的に異なる。
描線の引き加減や微細なもの入れ方ひとつを見ても、そこに込められた描き手の狙いが手に取るように分かる。まるで情念のように感じられる。スミやインクの乗りもありありとした肉筆の画面にのみ色濃く漂う、生身の人間臭さ。むふん、コピーでは伝わらない、感じられないものがあるんですね...。
昆虫の体には、基本的な構造や法則性がある。たとえば、胸は三節から成る。前脚は前胸から、中脚は中胸から、後脚は後胸から出るという法則がある。前脚は、はっきり区切られ、可動もする前胸から出る。
予備知識がないまま、形態上の改変が進んだアリの体を読み解くのは、初心者には非常にハードルの高い作業。
点描とは、点(ドット)の集合の密度や濃度の加減によって、立体感を表現する方法。
チョウの鱗粉(りんぷん)は、粉ではなく、毛が変形したもの。翅(はね)の表面にただふんわり乗っているだけではない。通常の毛は、糸状に細く、先端に向かって、とがっているか、チョウでは毛は幅広く、瓦状に重なりあっている。
ハナバチの豊かに全身を包む毛の一本一本は、幾重にも枝分かれしていて、表面積を増やしたその分だけ、より多くの花粉が付着する。
毛の配列と本数は、決して誤ってはいけない要所なのだ。
すごい絵が、実に100点、しっかりしびれてしまいました。まさに根気とのたたかい、執念すら感じさせる本です。
(2024年8月刊。2200円)