弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2024年10月 3日

憲法的刑事弁護

司法


(霧山昴)
著者 木谷 明 ・ 趙 誠峰 ・ 吉田 京子 ・ 高山 巖 、 出版 日本評論社

 弁護士高野隆の実践、をサブタイトルとする本です。日本を代表する刑事弁護の第一人者である高野隆弁護士の還暦記念論文集でもあります。
高野隆を一言で表すとすれば、物語力。依頼人が無実である物語をつくり上げ、裁判官と裁判員の前に送り出す。裁判は物語と物語の対決、事実認定者が証拠を見て描く物語を獲得できるかどうか。
 高野隆は法廷のストーリーテラー。この本の末尾には高野隆の弁論集が紹介されている。しかし、高野隆の弁論は法廷にのみある。文字としての弁論は、いわば映画を見ずにシナリオを読んでいるようなもの。
 まあ、それでも、弁論のキレの良さは伝わってきます。
 高野隆は18頁もの弁論要旨を全文読み上げる。書いていないことも、その場でアドリブでしゃべる。
 高野隆は被告人のために情熱的であり、雄弁である。高野隆は、被告人席に座っているこの人も、裁判官席に座るあなたと同じフツーの人間だと示すのか、弁護人としての最初の仕事だと信じている。
 高野隆は国の権力、そして人を懲(こ)らしめたいという強い衝動をもつ者を信用していない。
 高野隆は1982年に弁護士になり、1986年から翌1987年までアメリカに留学して、憲法、証拠法、刑事手続法を猛勉強した。高野隆や小川秀世らは1995年にミランダの会を立ち上げた。日本の被疑者取調べ手続を文明化し、黙秘権を確立することを目的とする会。
 2008年、高野隆は、アメリカから講師を招いて法廷技術研修を開催した。
 日本の裁判では、公判前整理手続で予定を決めてしまって、予定外の証人調べなどすることはほとんどない。しかし、アメリカの法廷は、もっとフレキシブルで、新しい証人の存在が分かったら尋問するし、もう1回あの証人を呼んで訊いてみようとなる。日本では考えられない。
 日本の裁判では「嘘」や「正直さ」というのを極端に重要視している。
 刑事裁判では「嘘」をついたかどうかがすごくクローズアップされることが多くて、日常生活ではありがちな「嘘」が、取り返しのつかない結果を生みかねない。これは本当に、そうなんですよね。弁護士生活50年の私も、「嘘」は致命傷になることがあると、いつも依頼人に言っています。
 日本では、職業裁判官がずっと裁判をやってきたから、自分たちが万能の専門家だと思っている。供述・証言の専門家、心理の専門家、薬物犯罪の専門家、そして精神医学の専門家だと思い込んでいる。でも、彼らの「専門性」というのは、まったく専門性でもなんでもない。有罪の判決文を書くのに必要な証拠は何かという、小役人的な判断の積み重ねにすぎない。そこには法哲学や法政策的な思考も、本当の意味での体験も、職人の知恵もない。世の中に存在する本当の専門家の意見を聞くことは、小役人の生活にとって邪魔な夾雑(きょうざつ)物にすぎない。いやあ、たしかにそうなんですけどね...。
 370頁もの本で、値段も張りますが大変勉強になりました。東京からの帰りの飛行機のなかで、乱気流にもめげず、必死に読み通しました。
(2017年7月刊。4200円+税)

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