弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年7月30日
ジェーンの物語
アメリカ
(霧山昴)
著者 ローラ・カプラン 、 出版 書肆侃侃房
映画のほうは見損なってしまいましたので、本を読みました。アメリカの1970年代初め、まだ妊娠中絶が違法とされていたころ、シカゴの女性たちが「ジェーン」と名づけられた非合法の組織をつくって、中絶を援助した実話を掘り起こして紹介した感動的な本です。
4年あまりの活動期間に1万1000人の女性を援助して中絶を成功させたとのことです。そして、この「ジェーン」に関わった女性は100人超です。本当に大変なことだったと思います。警察に摘発されてブタ箱(警察署の留置場)に入れられた女性も7人いますが、結局、裁判にはなりませんでした。アメリカの連邦最高裁のほうが、中絶を違法とする州法を無効と判断したからです。
4年あまり活動して「ジェーン」は解散したのですが、中絶は違法とされていたので、記録は意図的に残していない。捜査の手が入ったときに芋づる式に検挙されることを恐れたから。それを著者がインタビューして明らかにしていったのです。
当初の中絶費用は600ドル。1ドル100円としたら6万円です。けっこうな値段ですが、それは、ともかく、安全に中絶してくれる医師を確保するのは大変でした。
「ジェーン」が依頼していた「医師」は、実は医師免許をもっていないというのが、途中で判明しました。それでも、腕はいいので、続行しました。そして、やがて、その「医師」から中絶技法を学んで、「ジェーン」の女性たち自身が中絶手術をするようになったのです。
中絶を依頼してくるのは、若い人から年輩まで、そして白人も黒人も、いろいろ、裕福な女性も貧困層もいました。なかには、妻や娘を送り込んでくる警官たちもいたのです。決してオトリ捜査ではありませんでした。
中絶反対派は、「赤ちゃん殺し」と叫びますが、「ジェーン」に関わった女性は、「胎児は人間ではない」と考えました。それより、目の前の女性を助けることにしたのです。
「ジェーン」は決して中絶を推奨したのではありません。
中絶の最初の段階として、過剰出血を防ぐため、エルゴトレートを筋肉注射する。スペキュラムを膣に挿入し、子宮の入口を筋肉でできた子宮頸部を露出させ、膣と子宮頸部を殺菌剤のベタジンでぬぐう。次に、子宮頚管の周囲に麻酔薬のキシロカインを注射して子宮の拡張がもたらす痛みを鈍らせる。子宮頚管の硬く締まった筋肉を拡張させ、柔軟な金属でできているゾンデで子宮頚管の向きを確認してから、拡張器を子宮の開口部である子宮頚管に挿し込み、子宮内に器具を挿入できるようになるまでゆっくりと拡張する。いずれも注意深く慎重にやる。拡張が終わったら、小さなスポンジ鉗子を子宮に入れ、胎児と胎盤を少しずつ取り出す。取り除けるものを取り除いてから、中空のスプーン状のキュレットを使って、子宮内膜をきれいに掻き出す。鉗子とキュレットを代わるがわる用いて、この手順を繰り返す。子宮壁がきれいになって中絶が完了すると、キュレットが子宮膜をこする音は、親指で口蓋をこするのと同じような音になる。
この中絶のプロセスで痛みを伴うのは、ほぼ空になった子宮が収縮して器具にあたる最後だけ。中絶には魔法のようなものはなにもない。その手法は非常にシンプルなもの。
中絶したあと、出産後と同じように、ホルモンレベルの急激な変化がうつ病の引き金になる可能性があるようです。でも、それ自体が生命の危険をもたらすわけではありません。
この本の「ジェーン」に関わった女性は、どうやら私とほとんど同世代(戦後生まれの団塊世代)か、少しだけ上の女性たちのようです。その勇気と行動力に圧倒されました。
いったい、日本はどうなっているのでしょうか。そう言えば、ごく最近、フランスでは、憲法に女性は中絶できる自由のあることが明記されたのですよね。すばらしいことですね。
自民党や公明党はいまだに選択的夫婦別姓すら認めようとしませんし、憲法改正に躍起になっていて、国民の権利を制限する方向の議論しかしません。本当に残念です。
読んで勇気の出る、いい本です。ご一読をおすすめします。
(2024年4月刊。2500円+税)