弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年6月 1日
あたりまえという奇跡
社会
(霧山昴)
著者 山下 欽也 、 出版 センジュ出版
「岩手・岩泉ヨーグルト物語」というサブタイトルのついた本です。
51歳の著者が2億8千万円の累積赤字をかかえる会社の社長に就任し、3年目で黒字を達成して、今や年間20億円を売り上げているというのです。主力はアルミパウチに入った「岩泉ヨーグルト」。社員20人の社員をかかえているというのもすごいことです。
舞台となる岩泉町は、岩手県の中央~東部の小さな町。人口は8千人ですが、本州の町の中では、もっとも広い面積を誇っています。といっても、町の総面積の9割以上は山林。
社長としての決断は、ヨーグルトに特化すること。牛乳ではもうからない(ヨーグルトのほうが利益率が高い)。
岩泉ヨーグルトが他のヨーグルトと違うのは、必ず生乳、それも岩泉町とその近辺のホルスタイン牛の生乳を使うこと。
他のメーカーのヨーグルトは粉乳を水で溶き、そこに乳酸菌を入れているので、水っぽいヨーグルトになる。
生乳でこそ生まれる濃厚なコクと風味豊かな味わいがある。そして、後発酵と低温・長時間発酵。後発酵とは、生乳に乳酸菌を入れて、パック詰めにしたあとに発酵させるもの。発酵温度は33~35度。かなりの低温状態で20時間、通常の3~4倍の時間をかけて、じっくりと発酵させる。大量にはつくれないが、これによって酸味のないまろやかな味とコク、決して水っぽくない、しっかりとした食感をもつヨーグルトになる。
凝固剤や酸化防止剤、香料などの添加物は一切使わず、ひたすら自分の力でヨーグルトが固まるまで、じっくりと待つ。
アルミパウチを使うと、酸素を通しにくいし、遮光性があるので風味が劣化しにくい。湿気も通しにくいし、香りを逃しにくくて、匂い移りも防げる。バリア性が高く、断熱性もあるので、熱がじっくり伝わる。アルミパウチの熱の伝導性が低温長時間発酵に最適。
生乳を生み出す牛は町有牛。町が所有して、酪農家に貸し出す。仔牛が生まれたら、町に返す仕組み。
美味しい生乳を出してくれる牛を育てるためには、美味しい草が必須。そのためには、良質な土壌をつくる必要がある。1年を通して安定した品質の草を生産し、栄養状態のもっとも良いタイミングで収穫する。それを乳酸発酵させて飼料にする。なので牛乳が甘い。
かつて60軒あった酪農家が、今では20軒にまで減少した。
大企業と同じ土俵には乗らない。大手と同じことをやっても絶対に勝てない。戦おうとしたら価格や量の競争になり、コストダウンに重きを置いて品質をあとまわしにしてしまう。それでは負けてしまう。
あの大谷翔平選手が何かのインタビューのとき、岩手県の名物として「岩泉ヨーグルト」をあげたそうです。すばらしいことです。
「辞めたくない会社」を心がけている社長は、直感を大事にしています。そのためには、自分の目できちんと見て、触れ、食べて、しっかり観察して、自分なりに情報収集して、そのうえで直感に頼ったらいいと断言しています。傾聴に値するコトバですね。
ぜひ、「岩泉ヨーグルト」を味わってみたいと思います。
(2023年12月刊。1600円+税)