弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年5月23日
回想録
司法
(霧山昴)
著者 山本 庸幸 、 出版 弘文堂
元内閣法制局長官で、最高裁判事もつとめた著者が、後任の長官に小松一郎元駐仏大使がなると聞かされたときの衝撃を赤裸々に描いています。
著者は私より1学年だけ年下なのですが、1浪してしまったため、東大入試が中止となって、京大にまわったのでした。私も東大闘争(当事者の一人ですので、紛争とは呼びません)に関わったものとして、申し訳なく思いますが、決して私たちのせいではないと考えています。当時の政府の政治的判断なのです(実施しようと思えば実施できたと思います)。
官房副長官から、「君には辞めてもらうことになっている」と申し渡されたのです。そこで、後任を尋ねると、「フランス大使の小松くんだ」と言われ、思わず「全身に鳥肌が立つような気がした」といいます。
「官邸は、集団的自衛権を実現するために、この人事を考えたに違いない。かねてから最悪の事態として想定していた通り、いよいよ、来るものが来たということか・・・。ここが、まさに正念場だ」
「私の交代劇は、大きな歴史の転換点となった」
まさしく、そのとおりだったと私も考えています。
「内閣法制局は、特に政界の左翼の人たちからは、とんでもない保守反動の右翼の権化のような組織と思われたもの」
この点も、認識は一致しています。
ところが、「内閣法制局は首尾一貫して同じ説明をしているにもかかわらず、いつの間にか、その立ち位置が、以前の右翼側から、気が付いてみると、真反対の左翼側へと動いてしまっていたのである。何という皮肉かと思った」
これまた、認識は共通しています。
「集団的自衛権は・・・要するに、他国から直接攻撃を受けなくとも、わが国の友好国を攻撃する国に対して、わが国が一方的に武力の行使をする、つまり戦争行為を行うことができることを意味する。これほどのことが、現行憲法九条の下で認められるとは、とても考えられないのである。どう理屈をこねても、憲法を改正しない限り、それはできないと言わざるをえない」
いま、全国の裁判所で、安保法制が憲法違反であることを裁判所で認めてもらおうという裁判をすすめています。ところが、著者のこのような明確な認識は明らかに正しいにもかかわらず、裁判所はあれこれ言い逃れするばかりで真正面から憲法判断しません。本当にだらしない裁判官ばかりです。どこかに骨のある裁判官が一人くらいはいないものかと探し、待っているのですが、かなり絶望的です。
そんななかで、最高裁の裁判官就任の記者会見でも、著者は集団的自衛権は憲法に違反すると堂々と表明したというのです。偉いものです。こんな人がもう少し裁判所にいてほしいものです。
内閣法制局長官を経て最高裁判所の裁判官になってからも、それなりの筋を通したことがよく分かる回想録となっています。
(2024年2月刊。3400円+税)