弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年5月15日
人道の弁護士・布施辰治を語り継ぐ
日本史(戦前)
(霧山昴)
著者 森 正 ・ 黒田 大介 、 出版 旬報社
戦前の日本で人権擁護のために大奮闘した布施辰治弁護士について書かれた本です。
布施辰治自身が治安維持法違反で警察に逮捕されて留置場に放り込まれたときの驚くべき話を紹介します。なにしろ当時は、弁護士が法廷で共産党員の弁護人として弁論すると、それ自体が「目的遂行罪」にあたるとして特高によって検挙されたという時代です。
1933(昭和8)年11月、両国警察署に布施辰治はまわされてやって来ました。すると、それを知った人たちが、監房で歓迎会をやったというのです。勝目テル(当時38歳)という、同じく治安維持法違反で検挙されていた人が体験記を書き残しています。
11月7日はロシア革命が成功した記念日だ。何かお祝いをしようと勝目が考えていると、なんと有名な布施辰治弁護士がまわされて入ってくるという。それでは歓迎会を兼ねて革命記念祝賀会をしよう。勝目は親しく話せるようになっていた看守長に話を持ちかけた。すると、看守長は布施弁護士について関東大銘を受けていたらしく、「わしは首になっても賛成する」と即決賛成してくれた。最古参の看守長が賛成というなら、残る3人の看守ももはや異議は言えない。もちろん、上にばれないようにしなければいけない。1日3回、夜の9時が最後だ。それから祝賀・歓迎会をやることになった。
このとき留置場には、1929年2月に捕まった説教強盗として名を売った30歳すぎの男、神兵隊事件で検挙された右翼もいたが、歓迎会には全員が協力してくれることになった。みな面白いことに飢えている。
看守4人が手分けして見張ってくれて始まった。各房から代表として選ばれた人が布施弁護士の入っている房の前に立って、それぞれの持ち芸を披露する。説教強盗は物真似を始めた。見事な、本職はだしの物真似だ。自称スリの名人は浪花節(なにわぶし)をうなる。浅草公園の主(女性)はこれまた驚くほど見事なダンスを披露して、拍手喝采だ。やんややんやの拍手で大いに盛り上がっていく。最後に、勝目たち活動家11人が、それぞれの房の格子戸の前に立ち、「インターナショナル」を合唱する。
歓迎会の終わりに、布施辰治は房の中から感激のあまり声が震えながら、お礼の言葉を述べた。
「私も、ながいあいだ、不当な勾留に閉じ込められて、あちこち留置場をまわってきましたが、こんなに楽しいところはありませんでした。諸君の今夜の温かい贈り物を私は生涯、心に留めて、諸君とともに闘っていくことを、ここに誓います」
そして、次に緊張した顔つきの看守たちに笑顔を向けて、こう言った。
「諸君の予想外の御支持に対して厚くお礼を申します」。軽く頭を下げて「こういう居心地の良いところなら、いつまで居てもいいと思うくらいです」と結んだ。それを聞いて、看守をふくめて思わずみんな手を叩き、大爆笑となった。
勝目は胸が熱くなり、看守長に対して、「ありがとう、ありがとう」と何度も頭を下げたが、それ以上は言葉にならなかった。あとで、この看守長は、この歓迎会のことがバレて、早期退職に追い込まれたという。
どうでしょう。信じられない話ですよね。でも、実話だというのです。私は、これを読んで、思わず胸が熱くなりました。本書で紹介されているところに少し付加しています。ぜひお読みください。
(2023年12月刊。1800円+税)