弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年4月 8日
極東のシマフクロウ
生物
(霧山昴)
著者 ジョナサン・C・スラート 、 出版 筑摩書房
本のタイトルからすると、なんだか恋愛小説かもしれないと思わせますが、内容はタイトルどおり、世界一大きなフクロウを探してアメリカ人の大学院生がロシアの辺境の地でシマフクロウを保全するため捕獲しようとする話です。いやはや大変な苦労をともなう作業です。よくぞ極寒の地での生活に耐えられたものだと驚嘆しました。
シマフクロウを捕獲するのは、その個体が次々にどのような状況になっているのか識別し、比較するためには欠かせません。遠くから観察しているだけでは足りないのです。
シマフクロウの羽衣の色は、周囲の樹皮の黒や茶色、灰色に溶け込み、ほとんど区別がつかない。たしかに気のウロにいるシマフクロウの写真がありますが、遠くから見たら、とても見つけられそうにありません。
この本の舞台はロシアですが、日本の北海道にも、100つがいのシマフクロウが生息しているとのことです(2022年現在)。これは1980年当時の5倍で、それは保護する努力が実ったからだそうです。たいしたものです。
日本では、19世紀に500つがいがいたのが、1980年当時には20つがいにまで減ったのでした。もちろん、人間による開発という名の自然破壊の結果です。
シマフクロウのつがいは、声を合わせて歌う。シマフクロウのデュエットは、たいていオスが始動する。オスがまず、短く、苦しげにホーという声を絞り出す。するとメスは、すぐにホーと、オスより低い音色で鳴き返す。フクロウは一般にメスのほうが声が高いので、珍しいこと。
次にオスが、さっきより長めで少し高めのホーという声を出し、メスはこれにも鳴き声で応える。この四つの音による泣き交わしは3秒で終わり、その後は1分から2時間までの一定の間隔をあけてデュエットが繰り返される。2羽の声は美しくシンクロし、シマフクロウのつがいによるデュエットを聞いた人の多くが、歌っているのは1羽だと勘違いしてしまう。
シマフクロウは、200ヘルツという低い周波音域でホーと鳴き、それはカラフトフクロウの鳴き声の周波音域とほぼ同じで、アメリカワシミミズクの2倍の低さだ。シマフクロウの声はあまりに低く、マイクで拾うのは難しい。シマフクロウが低い周波数で鳴くのは目的にかなっている。周波数の音声は、密林ではより伝わりやすく、数キロも離れた遠くからでも聞きとることができる。木があまり繁らず、ひんやりとした爽やかな空気が音波の伝達を容易にする冬と春の初めは、とくにそうだ。
シマフクロウのデュエットには、なわばりの宣言と、つがい同士の絆(きずな)を確認するという二つの意味がある。つがいがもっとも活発に鳴き交わすのは、2月の繁殖期である。この時期は、1回のデュエットの時間が長くなって、何時間も続き、ときには一晩中続くこともある。
オスが木と声を絞り出すときには、喉の白い部分が大きく膨らみ、直立したぼさぼさの大きな羽角(うかく)が、シマフクロウが身体を動かすたびにコミカルに揺れる。
シマフクロウは季節的な移動を行わず、夏の暑さにも、冬の霜にも耐えて、同じ場所に留まる。なので、デュエットを聞いたら、そのつがいは、森のその場所に伝え住み着いているということ。
シマフクロウは長生きする。野生のなかには25年以上生きていた例がある。デュエットするつがいは、毎年、同じ場所に住み続けている可能性が高い。
シマフクロウは、横穴型のうら(木の側面にできた樹洞)を利用した巣穴を好む。それは、暴風雨から身を守る効果が高いから。
メスが巣についているとき、オスはたいていどこか近くでメスを見守っている。
メスはオスに比べて尾羽に白い部分が多い。これは性別を判断するうえで、信頼性の高い基準だ。
シマフクロウは、胸元の薄い黄褐色の羽毛により濃い色の横縞(しま)が転々と入っていて、それがこの鳥を木の一部のように見せている(擬態)。まるで、木の大きなコブに命が宿り、復讐心を燃やしているかのようだった。
一般に、シマフクロウのつがいの片方が死ぬと、生き残った一羽は、その場所に残り、新しいパートナーを呼び寄せるために鳴き声を上げる。
シマフクロウを捕獲するためには苦労する。真っ先にワナを変えた。シマフクロウを仕掛けたわなで捕まえてみると、驚くほどおとなしかった。あちこち突き回されても、呆然として横たわっているだけで、ほとんど抵抗しない。人間の側の安全のために拘束ベストを着せた。
身体を計測し、血液を採取し、個体識別用の足環(あしわ)をつける。
捕まえたシマフクロウには名前をつける。なわばりと性別で、たとえばファータ・オスというように。
シマフクロウは、冬は中核エリアから離れない。メスは巣について離れず、オスは巣の側で見張りをし、パートナーに食べ物を届ける。
春には、シマフクロウの関心は隣接するなわばりとの関心に向かった。
いやはや、鳥そしてひいては人間の安全に生息できる環境を守るための努力というのはこんなに苛酷なことも求められるものなのか...。粛然たる思いがしました。
(2023年12月刊。3300円)