弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年3月21日
家を失う人々
アメリカ
(霧山昴)
著者 マシュー・デスモンド 、 出版 海と月社
アメリカの貧困層を食い物にする大量の大家軍団が存在することを初めて知りました。恐るべき現実です。このような先の見えない貧困層の存在がトランプの岩盤支持者につながっているのではないのかと思いました。
最上の住宅を借りられるだけの経済力をもつ金持ちからは、最大の利益をあげられない。代わりに小銭にも事欠く住人にスラムのぎゅう詰めの住宅を貸し、そこから利益を吸い上げることにしたのだ。
生活環境が悪化するなか、家賃は上がり続けた。やがて、多くの人々が家賃を支払えなくなると、家主は「動産差押え特権」を行使した。
不平等な社会では、平等な扱いもまた差別を助長しかねない。たとえば、黒人男性たちは過剰に投獄され、黒人女性たちは過剰に強制退去させられる現実のなかで、犯罪歴や強制退去歴がある希望者の入居を平等に拒否すればアフリカ系アメリカ人は断然不利な状況に追いこまれる。
つまり、強制退去という制度そのものが、安全なエリアに暮らす家庭と、治安が悪く危険なエリアに暮らす家庭を生み出す一因になっている。
最近まで、アメリカには収入の3割以上を住宅費に充てるべきではないというコンセンサスがあった。そして、近年まで、借家人世帯の大半は、この目標を達成していた。だが、時代は変わった。
いま、アメリカでは、毎年、数万や数十万ではなく、数百万もの人たちが、自宅から強制退去させられている。
低所得者層が頻繫に転居している。最貧層の転居の4分の1は強制による。
強制退去させられると、住居だけでなく、さまざまなものを喪失する。家、学校、愛着のある地域だけでなく、家具、衣類、本といった私物までも失う。
強制退去は仕事を失う原因にもなる。そして、公営住宅に入居する機会も失う。強制退去させられた家族は、同じ市内でも、より好ましくない地域に追いやられる。
そのうえ、強制退去は、住人の精神状態にも大きな害を及ぼす。自宅から追い出すという行為は、いわば暴力であり、拍手をうつ状態に陥らせ、最悪の場合は自殺に追い込む。
「収入に見あう家賃の物件がない」という危機は、今や大規模かつ深刻な問題だ。
アメリカの全借家人の5世帯に1世帯が収入の半分を住居費に費やしている。家主の9割に弁護士がついているのに、借家人の9割は弁護士をつけられない。もしも借家人に弁護士がつくようになれば、事態は一変するだろう。
家主が好きな金額で家賃を請求できる権利を法で認め、家主を守っているのは政府だ。
富裕層向けの集合住宅の建設に助成金を出し、家賃相場を上昇させ、貧しい人々のただでさえ少ない選択肢をさらに狭めているのは政府だ。
借家人が家賃を支払えないとき、一時的・継続的に住む場所を提供しはするものの、家主の要請に応じて武装した保安官代理を派遣して借家人を強制的に退去させているのも政府だし、借金の取立代行業者や家主のために強制退去を記録に残して公表しているのも政府だ。
その結果、裁判所、保安官代理、ホームレスシェルターは、都市の貧困者の住宅費の増加や低所得者層向住宅市場の民営化の副産物への対処に、日々、忙殺されている。
大半の家主にとって、物件のメンテナンスに費用をかけるよりも、借家人を強制退去させたほうが安くあがる。
ミルウォーキー郡では、強制退去が審議される法廷に出頭する人の4分の3は黒人で、うち4分の3は女性だ。
家主は強制退去の執行を依頼する前に、裁判所から委託されている業者と契約を結ばなければならない。たとえば、ある会社の5人ひと組のチームを雇うには、5万円の手付金がまず求められ、保安官が10日以内に借家人を退去させられる。それは8万7千円ほど、かかる。
家は、そこに暮らしている人の個性の源泉だ。それを奪われることは、いかに大変なことなのか...。
著者は、トレーラーの中に住み込み、周囲の住人にインタビューをし続けて、本書を完成させたのでした。それにしても恐るべき深刻な貧困の実相です。
(2023年12月刊。2600円+税)