弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年3月 8日
自衛隊違憲論の原点
司法
(霧山昴)
著者 内藤 功 、 出版 日本評論社
戦争とは国家による人殺し。これは、ごく単純な真実。まったく同感です。ロシアによるウクライナへの侵攻が始まって2年がたち、残念なことに、まったく終息のきざしがありません。イスラエルによるガザ侵攻では既に3万人が亡くなったとのこと。胸がつぶれそうです。大勢の子どもたちが飢えに苦しみ、餓死しそうだというニュースに接して、涙が出てきそうになります。
この本では、恵庭事件の裁判が語られています。1962年に起きた事件です。60年以上も前の事件、そんな古い裁判を今どき語ることに何の意味があるのか...。そう思う人が多いと思います。でも、読んでみると、大ありなのです。
当時、27歳と26歳の若い兄弟が、牧場を営んでいて、隣接する陸上自衛隊の演習場における大砲の実弾射撃の轟音(ごうおん)・騒音・振動に抗議して通信線をペンチで切断したのが、自衛隊法違反として起訴されました。その判決は無罪でしたが、とんでもないカラクリがあったのです。
今の私にはまったくもって信じられませんが、判決前の論告・求刑公判において裁判官が検察側に対して、情状と求刑の削除を求めたのです。つまり、裁判所は無罪判決を書くから、余計なことは言うなと言ったというのです。言われた検察官が「なぜか」と訊くと、裁判長は、「検察官は分かっているはずだから、自分からは言えない」と答えたのでした。それでも納得できない検察官が異議申立すると、裁判官は却下しました。
こんなやりとりは、まったく考えられないところです。つまり、法廷に出席している立会検察官より上の検察官と裁判官の上のほうで何らかの合意が秘密のうちに(少なくとも弁護人の関与しないところで)成立していたということです。
「上のほう」というのは最高裁を指しているようです。では、誰がどのようにして、憲法に触れないで決着するようにと指示したのか...、これは明らかにされていません。
でも、最高裁長官の田中耕太郎が裁判の一方当事者である駐日アメリカ大使と密接に連絡をとっていて、その指示を受けて判決を書いた砂川事件最高裁判に照らして、大いにありうることです。そこには、裁判官、そして司法の独立という理念はまったく没却されています。
そして、もう一つ。この恵庭事件の裁判では次に紹介する三矢(みつや)研究の統裁官の証人尋問を延々35時間もやったというのです。私も一般刑事事件の公判で「被害者」尋問を延々3開廷もしたことがありますが、35時間とは恐れいります。もちろん、真相究明に必要だったということなんですが、今どきの裁判では、そんな長時間など、これまた、まったく考えられません。事変の真相究明のためにじっくり尋問しようというゆとり・姿勢が今の裁判所には全然ありません。残念です。
この恵庭事件については最近、映画になっています。『憲法を武器にして』というドキュメンタリー映画です。そして、この映画の法廷場面は実際の法廷で正式に録音が認められていて、それをテープ起こしして、役者が再現したというのです。ぜひ一度みてみたい映画です。
そして、次は三矢研究です。三矢研究は、1965(昭和40)年2月に国会で暴露された自衛隊の図上演習です。この図上演習は8日間、53人もの自衛隊幹部が集まって行われました。
その結果は、極秘とされた5分冊、1419頁もの大作としてまとめられました。対ソ戦を想定し、核戦争に備えた演習となっています。今ではほとんど現実のものになっていて、マスコミも世論も慣れさせられている自衛隊はアメリカの指揮下に組み込まれることになっていました。当時はこれが大問題でした。自衛隊とアメリカ軍の合同演習も、今や見慣れた光景です。なので、自衛隊をアメリカ軍が指揮・命令するというのも当たり前という感覚になっていて、誰も驚きません。
でも、よくよく考えてみればアメリカ軍の本来的使命はアメリカを守ることであって、日本を守るなんて、ハナから考えていません。アメリカ軍の基地を守るために自衛隊を直接に指揮・監督はアメリカ軍がするものだと思い込まされています。
著者は1931年生まれといいますから、今93歳です。そんな高齢なのに本を刊行するなんて、実にすばらしいことです。ところで、著者は中学生のころから職業軍人にあこがれ、ついに親の反対を押し切って海軍経理学校に入りました。軍人であるのには変わりません。ところが、幸いなことに経理学校の生徒であるうちに日本敗戦となり、命拾いしたのです。
安保三文書によって戦争のできる軍事国家を目ざして突っ走ろうとする日本を制止したいと願う人は、本書を読んで、ぜひ周囲の「眠れる人たち」に語り伝えてほしいと切に願います。
著者から、サイン入りで贈呈していただきました。ありがとうございます。今後ともお元気にご活躍されますよう祈念します。
(2023年8月刊。2200円)