弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年3月 7日
古代アメリカ文明
アメリカ
(霧山昴)
著者 青山 和夫 、 出版 講談社現代新書
「世界四大文明」(メソポタミア、エジプト、インダス、黄河)というのが、実のところ、学説でもなんでもなく、ヨーロッパやアメリカにはない、特異な文明観だというのを初めて知り、ショックを受けました。有名な考古学者である江上波夫が口調がいいというので教科書に書いたのが日本で広まり、定着しただけなんだそうです。ええっ、一杯くわされたのか...、そう思いました(プンプンプン)。
この本は、それに代わって「世界四大一次文明」を提唱しています。メソポタミア文明と中国(黄河)文明のほか、メソアメリカ文明(マヤ文明とアスデカ王国)とアンデス文明(インカ国家)です。
マヤ文明は、政治的に統一されていないネットワーク型文明。統一王朝が形成されることはなかった。そして、マヤでは鉄はまったく使用されず、16世紀まで石器を主要利器として使い続けた。マヤ文明は、機械に頼らない「手作りの文明」だった。家畜は七面鳥とイヌだけで、牧畜はなかった。大型家畜がいなかったので、荷車なども発達しなかった。牛や鳥もなしで、人力だけで大型建築物を建設した。
そして、マヤ人はゼロの文字を独自に発明した。
マヤ文字は、漢字のように意味を表わす表語文字と、仮名文字のように音節を表わす音節文字から成る。なので、マヤ文字は漢字仮名まじりの日本語とよく似ている。
マヤ文字は話し言葉を体系的に表す文字だったが、支配層だけが使う宮廷言葉だった(可能性が高い)。
マヤ人は、叩き石を用いて、イチジク科の木の樹皮から紙を製造した。
マヤの数字は20進法で、貝の形がゼロを表わした。
マヤ文明は多神教だった。
アステカ王国は、インカ帝国とほぼ同じ15~16世紀に、メキシコから中米北部にかけてのメソアメリカに栄えた。
アステカ王国は、今のメキシコあたりに、それぞれに王を戴(いただ)く三つの都市国家が連合し、主に貢納を課すことで支配領域を広げていった。
三つの都市国家はお互いに戦争しあうものであって、そもそも一枚岩ではなかった。
アステカ王国では宗教儀礼としての人身御供(生贄)が長らく実践された。
インカ王国のナスカとは何者なのか...。
ナスカの地上絵は、ナスカ台地に1500点、北部に600点が確認されている。地上絵は、ナスカ台地に広がる黒い石を線状に取り除いて、その下の白い地面を露出する手法で制作されている。
地上絵には三つのタイプがある。直線の地上絵、幾何学的な地上絵、そして印象的な地上絵。線タイプ(全長90メートル)と、面タイプ(同9メートル)の二つがある。
当時の人々は、地上絵を歩きながら見る行為を繰り返しながら、人間と動物をめぐる分類を共有していたのだろう。地上絵を見ながら歩く行為は、社会的に重要な価値観や秩序を共有し、記憶するための必要不可欠な活動であった。
このように著者は考えています。なるほど、上空から眺めるわけにはいかなかったでしょうからね...。
インカ王は絶対的な支配者・権力者ではなかった。彼らは山の神々を怖れ敬い、その超大な力との関係を維持しながら統治した。
古代アメリカ文明は、今の私たちが体験にもとづいて想像するような統一王国ではなかったようです。そのことを知っただけでも、本書を読んだ意味がありました。
(2023年12月刊。1200円+税)