弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年2月28日
ヒトラーはなぜ戦争を始めることができたのか
ドイツ
(霧山昴)
著者 ベンジャミン・カーター・ヘット 、 出版 亜紀書房
ヒトラーがドイツ国防軍の高級将官と対立していたというのは前から知っていましたが、この本でその詳細を知ることができました。
ブロンベルクとフリッチュという2人の将軍をヒトラーが解任したのが決定的だったのです。ドイツ国防軍の最高司令官であり、陸軍元師であるブロンベルクはベルリン出身の「一般家庭の子女」と知りあい、結婚した。ところが、その女性は売春婦として登録し、客の持ち物を盗んで逮捕された経歴があることをゲーリングは知り、ヒトラーにそのことを報告した。
さらに、陸軍司令官のリッチュについては、似た名前の男性が同性愛者であることを利用して、同性愛者と決めつけ、ヒトラーは2人を解任した。このあと、ヒトラーは名目ではなく、ドイツ国防軍の実権を握る本物の最高司令官となった。やがて、国防軍の高官たちはフリッチュに対する告発が捏造(ねつぞう)だったことを知った。ブロンベルク=フリッチュ事件は、SSとゲシュタポが陸軍に対して起こした「冷たいクーデタ」だと見た。したがって、高官たちはこの2つを無力化させなければいけないと考えはじめた。
そのネットワークの要(かなめ)の1人がアプヴェーア(情報部)の部長であるカナリス提督だった。カナリスは「戦争の回避とヒトラー一味の粉砕」を真剣に模索しはじめた。
陸軍参謀総長となったハルダー将軍はヒトラーについて、「狂人、犯罪者」「たかり屋」「変態の病的な気質」によってドイツを戦争へ向かわせていると罵倒した。
国防軍内の抵抗派はヒトラー殺害も辞さない方向で検議をはじめた。ところが、イギリスのチェンバレンがヒトラーと会談し、また、国防軍首脳部の悲観主義の影響によって攻撃開始が遅れ、結果としてヒトラー主導の緒戦の勝利によって、抵抗派は腰だけとなってしまった。
ハルダーたちはヒトラーによる戦争には正当性がないうえに、大惨事となって終わりかねないと考えていた。また、ユダヤ人絶滅作戦のような犯罪行為には反対だった。
この本ではローズベルトとチャーチルについても注目すべき評価をしています。
ローズベルトについては、アメリカ国内の強固な中立主義にひっぱられていたこと、チャーチルについては、イギリス国王を擁護して評価を落としたものの戦争指導では卓越した能力を発揮したことが明らかにされています。
150頁近い本(480頁)ですが、タイトルに見合った大変興味深い内容ばかりでした。
(2023年9月刊。2800円+税)