弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年1月26日
「闘って正社員になった」
司法
(霧山昴)
著者 東リ偽装請負争議原告・弁護団 、 出版 耕文社
私が50年近く前、神奈川県川崎市で弁護士として活動を始めたころ、東京にも神奈川にも争議団がいくつもありました。会社の経営がうまくいかなくなると、偽装倒産して労働者を全員解雇し、工場を高く身売りして経営陣だけは「苦境」を逃れようとするのが典型でした。もちろん、不当労働行為もありました。国労争議団にみられるように、大型争議も絶え間なく起きていました。そして、争議団は連絡会をつくっていましたし、それを支援する労働組合がたくさんありました。ストライキや労働者による職場占拠も珍しくなかった時代です。
ところが、時が過ぎて、今や現代日本社会ではストライキはほとんど死語同然。最近デパートの労働組合がストライキをうちましたが、それが大きなニュースになる状況です。このとき、連合は何もしませんでした。芳野会長は自民党と連携することに血道を上げるばかりで、労働組合の本来の使命を完全に忘却しています。
そんな状況はぜひ何とかしてほしいと思ったところに、6年間も闘った争議団が関西にあり、しかも全員が正社員になって職場復帰したというのです。そして、その結果を冊子にまとめたと聞いて、早速注文して読んでみました。
この会社(東リ)は床と壁のつなぎ目に使われる巾木(はばき)と接着剤を製造する会社です。原告となった労働者は「東リ」の社員ではなく、請負会社の社員です。
ところが、実際には仕事は「東リ」の指示を受けているのですから、請負というのは形だけで、実質的には東リの社員というべき存在なんです。
東リの工場で働けなくなった労働者5人が「東リ」を相手に地位確認を求めて提訴した(2017年11月)ところ、1審の神戸地裁では請求棄却。すぐに控訴したら、大阪高裁は証人調べをやり直し、「東リ」との労働契約関係にあることを認めたのです(2021年11月4日)。「東リ」は上告しましたが、最高裁は受理せず(上告棄却)勝訴が確定しました。
ところが、「東リ」は確定した司法判断に従いません。そこで、争議団は支援団体とともに団体交渉を続け、金銭解決ではなく、正社員としての就労を勝ちとったのです。
問題となった偽装請負とは、書類のうえでは形式的に請負契約になっていますが、実態としては労働者派遣であるものを指します。違法です。
請負ではなく派遣だというのは、仕事の発注者と受託者である労働者との間に指揮命令関係がある(派遣)か、ない(請負)かによって決まります。
一審の神戸地裁は契約書を重視し、東リからの連絡は概ね請負会社の常勤主任や主任へ連絡されていて、現場の社員へは指示されていないので、請負であって派遣ではないと判断しました。これに対して大阪高裁は、東リが個々の社員に直接連絡しないのは指示系統によるもので、実態を実質的に判断して、東リの指示は注文者の立場をこえていると判断し、偽装請負としました。
もう一つ論点があります。派遣法40条の6には、適用要件として偽装請負であるという客観的事実だけでなく、「東リが法の適用を免れる目的」をもって契約して就労させていたという要件をみたさなければなりません。したがって、何をもって「法の適用を免れる目的がある」といえるかが問題となります。
この点、大阪高裁は、「日常的かつ継続的に仮装請負等の状態を続けていたことが認められる場合は、特段の事情がない限り」認められるとしました。順当な判断だと思います。
村田浩二弁護士の「あとがき」によると、正社員になったのは原告となって裁判を闘った5人だけでなく、裁判の途中で請負会社の他の社員も東リの正社員になったとのことです。原告らの闘いは自分たちだけでなく、他の社員にも波及効果を上げていたというのですから、素晴らしいことです。
そして、「普通の人々でもこれだけのことがやれる」ことを知って、この本を参考にして働く者の権利のために立ち上がってほしいと呼びかけています。本当に必要な呼びかけです。
それにしても、1審で証人尋問したのに、高裁でまた証人尋問するというのは「異例中の異例」。多く(ほとんど)の高裁で・問答無用式に「1回結審」ばかりが目立つなかでの快挙です。よほど良い裁判所に恵まれたということなのでしょうか...。
多くの人に読まれてほしい冊子(136頁)です。
(2023年11月刊。1540円)