弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年1月 5日
アイヒマンと日本人
ドイツ
(霧山昴)
著者 山崎 雅弘 、 出版 祥伝社新書
ナチス・ドイツにおいて、ユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)を効率良くすすめていった張本人であるアイヒマンについて、本当に良くまとまっている新書です。
1942年1月20日、ベルリン郊外の大邸宅で開かれた会議はユダヤ人絶滅を国家として遂行するためのものだった。
私も、最近、このヴァンゼー会議をテーマとした映画をみました。参加者は15人で、アイヒマンは事務方として参加し、議事録を作成して参加者に配布したのです。
「最終的解決」とはユダヤ人の絶滅、「東方への疎開」とは絶滅収容所への移送を指すコトバだった。
会議を主宰したのはハイドリヒ国家保安本部長官・親衛隊大将。1942年5月27日にチェコの首都プラハで襲撃され、8日後に死亡した。このあとの犯人グループ(イギリスから送り込まれたチェコ軍の兵士3人)はドイツ軍に発見・追いつめられていきますが、その状況も映画化されています。ドキュメントタッチで、迫力がありました。
アイヒマンは戦後、ドイツ国内を偽名をつかって転々としていたが、身の危険を感じて、イタリアから船でアルゼンチンに渡った。アルゼンチンは親ドイツ色が強く、元ナチス親衛隊員が多迷逃亡先として住居を構えていた。
この新書ではアルゼンチンに潜伏していたアイヒマンをモサド(イスラエルの名高い情報機関)が現地で、どうやって発見し確認したのか、また、イスラエルに飛行機で連行するとき、どんな工夫、仕掛けをしたのかが、月日とともに詳しく展開されています。
アイヒマン本人だという決め手は、結婚記念日に花を買って帰ったことだというのも印象深いものです。
そして、イスラエルでの裁判です。これについては、有名なアンナ・ハーレントというユダヤ人学者(女性)のレポートがあり、ユダヤ人社会で物議をかもしました。つまり、ユダヤ人から成る組織がユダヤ人の大量虐殺に手を貸していた事実をどうみるか、ということです。大変難しい問題だと思います。少しでも生きのびるための工夫でもあったでしょうから...。
アンナ・ハーレントは、アイヒマンが決して「怪物」ではないこと、倒錯しておらず、サディストでもなく、恐ろしいほどノーマルだということを強調し、世界の人々は衝撃を受けました。
アイヒマンの裁判を法廷で傍聴したなかに日本人が数人いて、その一人は犬養道子(5.15事件で暗殺された犬養元首相の娘)で、『週刊朝日』の特派員だった。もう一人は、『サンデー毎日』の特派員だった村松剛。
結局、アイヒマンは自分のしたことに最後まで罪業を認めなかった。静かに死を待つ姿勢だったようだ。
日本人がアイヒマンに興味を惹かれるのは悪らつきわまる犯罪を「管理職」として、職務を「まじめに」「忠実」こなしていったこと、「組織内の力学に従順な態度」に自分も共感できるからではないか...。そして、自分は「上司の命令」に従っただけなので、行動(結果)の責任は自分にはないという主張が許される(べき)ものなのか、考えさせてくれるからではないか...。
大変に重要な指摘だと思いました。
アイヒマンについての、よくよくまとまった新書ですので、一読を強くおすすめします。
(2023年8月刊。950円+税)