弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2024年1月 2日
「源氏物語入門」
日本史(平安)
(霧山昴)
著者 高木 和子 、 出版 岩波ジュニア新書
これまで「源氏物語」には何度も挑戦しました。もちろん、原文ではありません。本棚には、瀬戸内寂聴の本など、6冊が並んでいます。でも、もうひとつしっくりきませんでした。この新書はジュニア新書だけあって、私にもとても分かりやすく、「源氏物語」が千年も読みつがれている秘密を十分知ることができました。ジュニア新書って、大人の私にも大いに目を開かせてくれることが多いので、私は愛読しています。
光源氏は、仕える人々の心を、きちんと管理し掌握できている。それは、まるで、社員教育の行き届いた会社のようだ。社長が部下に信頼され、統率がとれている優良企業を思わせる。
光源氏の好色は、一対一の男女関係の誠実さという意味では不誠実にしか見えない。
しかし、その多情さ、鷹揚(おうよう)さによって救われる女性たちが少なからずいた。それによって多くの高貴な女性たちが名声を汚(けが)さず没落せずに生き続けられるなら、一種の社会保障にも近い。うーん、そういう見方もできるのですか...。
権力者が窮屈な一夫多妻に生きたら救われない多くの女性が路頭に迷うかもしれないという脈略は、なかなか現代人には了解しがたいところだが、それが当時の現実だった...。
「源氏物語」は、笑われる人、笑いを回避される人それらを相互に観察させながら対照的に、その位置づけや心理をたどっている。
当時の貴族社会の女房たちは、しばしば複数の主君を渡り歩いており、必要な生活上の物の貸し借りをしたり、人と人との関係を結んだり、噂を伝えたりしていた。いわば情報の運び役、伝達者だった。
この当時、格式高い女性は、男性を通わせるものだった。すぐに同居するのは、目下の女である証(あかし)になる。なーるほど、そういうものなんですね。
正妻とは、対照的に身分の高い女性をいう。当時の結婚においては、男女の個人の魅力より、出身の家の家格や政治力が重要だった。
晩年の光源氏は、女三宮(さんのみや)を恋敵の柏木に寝取られ、不義の子である薫を我が子として育てるなかで、最愛の紫の上に先立たれるという、苦悩に満ちた日々を過ごす。自分は人一倍の栄華を極めたけれど、一方で苦しみが深いことも比類なかった。まるで、仏に与えられた苦行であるかのような生涯だったと、光源氏は自らの生涯を振り返った。
そして、光源氏の死んだあとを語る「宇治十帖」の世界は、光源氏の光り輝く世界の負の側面を照らし出す薫(不義の子)と八宮(光源氏の弟)によって始まる。
光源氏の息子とされつつ実の子ではない薫と、光源氏の孫にあたる匂京は恋のライバルとなり、互いを観察し模倣する。そういう構造の本だったのですね。
男たちの欲望に翻弄(ほんろう)され続けた女性たちは、やがて自分の意思で自立していく。美しい男皇子(みこ)、光源氏の物語として始まった「源氏物語」は、次第に女の物語に変容し深まっていく。
なるほど、そういうことだったのですか...。単にプレイボーイが浮気を繰り返し、女性遍歴をするなんていうストーリーではなかったというのです。ここに1000年もの生命を保ち続ける秘密があるのですね...。
220頁ほどの新書ですが、大変勉強になりました。さすがは「源氏物語」の研究者です。
(2023年11月刊。960円+税)