弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2023年12月27日
焼き芋とドーナツ
社会
(霧山昴)
著者 湯澤 規子 、 出版 角川書店
タイトルからは何をテーマとした本なのか、さっぱり分かりません。「日本シスターフッド交流秘史」というのがサブタイトルなのですが、それでも分かりません。
焼き芋は日本の、ドーナツはアメリカの、女性労働者のソウルフード、好みの間食(おやつ)だった。産業革命期を生き抜いた日米の女性労働者の実際を比較しながら紹介した本です。
『女工哀史』(細井和喜蔵)は、女性労働者を論じながら、実際のその時代を生きた個々の女性の人生は議論の蚊帳(かや)の外に置いている。
実際の働く女性は「無学で幼稚」とはほど遠く、「好奇心旺盛」だった。明治の末、東京モスリンでストライキが起きた。そのとき、若い女性弁士がこう呼びかけた。
「私たちも日本の若い娘です。人間らしい食べ物を食べて、人間らしく、若い娘らしくなりたいと思います。食事の改善を要求しましょう」
そして、この要求だけは認められた。これを言った若い女性は細井和喜蔵の妻(内妻)だった。
東京モスリンなどの紡績工場で働く女工たちは間食として焼き芋を好んで食べていた。
1918(大正7)年夏に富山県魚津でコメ騒動が起きた。しかし、その内情は騒動というより嘆願だった。少なくとも特別な騒動ではなかった。今では、貧民救済制度の発動を求めた、一種のデモンストレーションだったとされている。大杉栄は、このとき、デマを流してまわり、積極的に騒動をかき立てようとした。
2021年に上映された、『大コメ騒動』は、魚津町での米騒動をテーマとしています。私も見ましたが、よく出来た映画でした。
津田梅子は最年少でアメリカに渡った。そして、生物学者として精進した。ところが、日本に帰国したあとは生物学者ではなく、教育学者として専念した。
アメリカの工場労働者が自宅から持参する昼食は、サンドイッチ・ケーキ・フルーツ・茶など。英語を話せない労働者はライ麦パンに魚や卵・チーズの割合が高かった。
焼き芋とドーナツは、いずれも近代の産業革命期を生きた女性たちの胃袋を満たし、その甘さで日々に慰めと健やかさを与えた点で共通している。
アメリカの工場で働く女工たちは、朝4時30分に起床し、4時50分に朝食、昼に食べるのがディナー、夜勤前の夕方に食べるのはSUPPER。19時に終業の鐘がなる。22時には宿舎の門限を知らせる鐘が鳴った。三食は食べているが、ランチはない。
このころの女性は結婚するまでの数年間を動いていた。工場で働く魅力は賃金だけではなかった。社会的で文化的で、かつ宗教的な貴重な経験の場を提供していたことにあった。
言葉や文章を読みたいという欲求が工場の中に満ち、窓に貼りつけた新聞の切り抜きを「宝石」と感じる感性が女性たちに存在していた。
焼き芋とドーナツという、それぞれの国の好まれる間食を通じて女子労働者の生活の実際を掘り下げた本です。大変勉強になりました。
(2023年9月刊。2200円+税)